井岡一翔_対_八重樫東戦
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井岡一翔 対 八重樫東戦
WBC(左)とWBAチャンピオンベルト
開催日2012年6月20日
認定王座WBC・WBA世界ミニマム級王座統一戦[1]
会場大阪府大阪市
大阪府立体育会館第1競技場[1]
観衆8,700人[2]
放送局TBS系列[3]
実況・解説伊藤隆佑(実況)
鬼塚勝也内藤大助(解説)[4]
視聴率関東18.2%、関西22.3%(平均)[3]
主催井岡ボクシングジム[1]
ウェブサイトTBS『WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦』

井岡一翔 対 八重樫東

比較データ
23歳年齢29歳
大阪府堺市[5]出身地岩手県北上市[6]
9勝 (6KO) 無敗戦績15勝 (8KO) 2敗
165.6cm[7]身長161.0cm[7]
距離感[8][9]
切れのあるパンチ[9][10][11]特徴パンチの回転力[11]
左右の動き[12]
井岡一法[13]指導者松本好二[14]
WBC世界ミニマム級王者評価WBA世界ミニマム級王者

結果井岡の判定勝利 (3-0)[15]
主審福地勇治[16]
副審カルロス・スクレ
杉山利夫
アネット・ホントンカム

井岡一翔 対 八重樫東戦(いおかかずと たい やえがしあきらせん)は、WBC(世界ボクシング評議会ミニマム級王者井岡一翔とWBA(世界ボクシング協会)同級王者八重樫東の間で、日本プロボクシング史上初の現役世界王者同士による団体王座統一戦として、2012年平成24年)6月20日に行われた試合である[注 1]
経過
対決まで

井岡ボクシングジム所属の井岡一翔は、大阪府堺市出身。興國高等学校で高校6冠を記録した後、東京農業大学でさらにアマチュア経験を積み、大学を2年時に中途退学して[21]2009年4月にプロデビュー。5戦5勝を重ねて、2010年10月10日に日本ライトフライ級王座を獲得したが、すぐに王座を返上。2011年2月11日、神戸市においてデビュー7戦目でWBC世界ミニマム級王者オーレイドン・シスサマーチャイタイ)に挑戦、5回TKO勝ちを収めて日本人最短で世界王座を獲得した後、2度の連続防衛に成功した[22]

大橋ボクシングジム所属の八重樫東は、岩手県北上市出身。岩手県立黒沢尻工業高等学校から拓殖大学へ進む中でインターハイ優勝、国体優勝などのアマチュア経験を積み、大学卒業後の2005年3月にプロデビュー。プロ5戦目で東洋太平洋ミニマム級王座を獲得した後、2007年6月4日に後楽園ホールにおいて、当時のWBC世界ミニマム級王者イーグル・デーン・ジュンラパン(当時のリングネームはイーグル京和、角海老宝石ボクシングジム所属)に7戦目で挑戦したが、2回に偶然のバッティングで顎を2か所骨折するアクシデントもあり、判定負けで挑戦失敗[23]。その後に日本ミニマム級王座を獲得して3度防衛。世界再挑戦の機会を待ち、2011年10月24日に2度目の世界挑戦としてWBA世界ミニマム級王者ポンサワン・ポープラムック(タイ)に挑戦し10回TKO勝ちを収めて王座を獲得した[24]

ハンドスピード、フットワーク、精神力は井岡[25][26][27]、八重樫[28][29]に共通した特徴で、井岡は距離感[8][9]、切れのあるパンチ[9][10][11]を身上とし、八重樫は特に左右の動きが速く[12]、パンチの回転力がある[11]。両者は井岡の東農大時代に3度ほどスパーリングで手を合わせており、2011年5月18日には大橋ジムで実戦並みの緊迫したスパーリングを見せている[30]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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