二上山_(奈良県・大阪府)
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出典検索?: "二上山" 奈良県・大阪府 ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2013年3月)

二上山
千股池から望む山容
標高雄岳 517m、雌岳 474 m
所在地 日本
奈良県葛城市加守
大阪府南河内郡太子町大字山田
位置.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度31分32秒 東経135度40分39秒 / 北緯34.52556度 東経135.67750度 / 34.52556; 135.67750座標: 北緯34度31分32秒 東経135度40分39秒 / 北緯34.52556度 東経135.67750度 / 34.52556; 135.67750
山系金剛山地
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OpenStreetMap
プロジェクト 山
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二上山(にじょうさん[注釈 1][注釈 2])は、奈良県葛城市大阪府南河内郡太子町にまたがる。かつては大和言葉による読みで「ふたかみやま」と呼ばれた。金剛山地北部に位置し、北方の雄岳 (517m) と南方の雌岳 (474m) の2つの山頂がある双耳峰で、大阪みどりの百選に選定されている[2]。また、石器に使われた讃岐岩(サヌカイト)の産地である。

二上山の北側の春日山付近の地域は遺跡が多く発見されており二上山北麓遺跡群とも呼ばれる。後期旧石器時代から弥生時代にかけての多量の剥片・砕片・石核・くさび形石器・敲石類が採集されており、遺構としての採掘坑も確認されている。
地理秋の二上山

金剛山地の北部に位置。金剛生駒紀泉国定公園の区域でもあり、自然が豊か。二上山は、「近つ飛鳥」や「当麻寺」を絡め、ハイキングコースとなっている。山頂の付近は、大和平野が一望でき、雄岳から雌岳への途中から、大阪湾大阪平野が、雌岳の南方からは、葛城山金剛山の山並みを一望することができる。

北側には、火山活動でできたとされる屯鶴峯があり、付近には、近鉄大阪線近鉄南大阪線国道165号長尾街道)が通っており、交通の要衝となっている。近鉄大阪線、国道165号沿いに香芝市立二上山博物館がある。

南側は、竹内街道が通っていた。現在は、国道166号が通っている。

西側、太子町付近は、「近つ飛鳥」(河内飛鳥)と呼ばれて、陵墓古墳など、遺構が多く残っている。二上山万葉の森や大阪府立近つ飛鳥博物館もある。

東側、葛城市には、麓に當麻寺がある。

雄岳山頂には二上山城の本丸跡があり、葛木二上神社(祭神は豊布都霊神・大国(御)魂神)がある。また、その近くの二の丸跡には大津皇子の墓がある。ただし、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}実際には大津皇子の墓ではないとする説もある。[要出典]
歴史
有史以前

二上山周辺には、瀬戸内火山帯の一員とされる火山岩火砕流堆積物が分布している。瀬戸内火山帯に特徴的な讃岐岩(サヌカイト)や柘榴石を含む流紋岩などが見られる。活動時期は、新第三紀中新世と推定され、最終活動時期は、約1400万年前と推定されている。
有史以後

古来、雄岳・雌岳の間に日が沈む様子から、神聖な山岳として、人々から崇められてきた。

古墳時代から飛鳥時代にかけて、二上山周辺は、海上の交通の要所、大阪湾住吉津難波津から、政治の中心の舞台である飛鳥地方への重要ルートとなり、二上山の南に、日本で最初の官道として知られる竹内街道が作られた。二上山の石切場から切り出された石材が高松塚古墳に使われた。謀反の疑惑をかけられて自害した、大津皇子の墓が雄岳山頂付近にある。ただし、大津皇子の移葬先については複数の説がある[3]

記紀に見える二上山は大和国河内国の境にあることから「大坂」「大坂山」とも呼ばれていた[4]。万葉集の和歌などに使われる狭義の大坂は穴虫峠に比定することが一般的である[4]。古代の大坂は崇神天皇に二上山に大坂神・墨坂神を祀るように託宣が降ったという伝承や、住吉仲皇子の反乱伝承など、多くの伝承の舞台となっている[3]

山麓の大阪府側からは船氏王後墓誌、高屋枚人墓誌および紀吉継墓誌が、奈良県側からは威奈真人大村骨蔵器が発見され、その他にも火葬墓や骨蔵器などが出土しており、同地帯は7?8世紀には、官人の公葬地として使用されていたと考えられる[5]

万葉集』には二上山を詠んだ歌がいくつか収録されている[6]

雄岳山頂には鎌倉時代後期に楠木正成によって二上山城が築かれた。


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