亀井登志夫
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亀井 登志夫(かめい としお)は、大阪府出身の作曲家音楽プロデューサー
略歴

大阪府立大手前高等学校早稲田大学文学部演劇科卒業。同大学在学中からキングレコードと契約しプロとしての音楽活動を開始する。また同大学生であった作詞家康珍化と出会い、ユニット・TRUSTを結成。亀井は作曲・ヴァイオリンギター・歌唱。TRUSTは後楽園音楽祭に出演し、楽曲「ダンス」でグランプリを獲得。キングレコードからデビューし、アルバム1枚、シングル2枚をリリース。同時に劇伴・映像のための作曲も開始。以来、作曲家として山下久美子松田聖子渡辺美里橋真梨子斉藤由貴夏川りみ等、数多の歌手に楽曲提供。CM音楽、映画主題歌等も多数手掛ける。

1980年にボーカルヴァイオリニストとしてバンド「NASA」に参加。NASAのサウンドはフュージョンをベースに、メロディがはっきりした音楽性で、曲によって日本語と英語の歌詞を亀井は歌い分けていた。他のNASAのメンバーは、ギターに元もんた&ブラザーズの角田順、ベースに芳野藤丸の藤丸バンドにも在籍した渡辺和義、キーボードは後に日本シンセサイザープログラマー協会理事長に就任した大浜和史、ドラムスにSH?GUNなどを経て後に徳武弘文のユニットDr.Kにも在籍する三浦晃嗣という顔ぶれで、CBS・ソニーからアルバム『千夜一夜』とシングル「誘惑ゾーン4425」を発表し、キリンレモンのCMソング「南十字星(サザン・クロス)を追いかけろ」など手がけたが、その後自然消滅した。同じ頃、山下久美子のデビュー曲「バスルームから愛をこめて」を書き下ろす。次に内藤やす子に『MORNING TRAIN』を書き下ろし、同曲で古賀政男賞を受賞した。映画「なんとなく、クリスタル」にかとうかずこの相手役で俳優として出演。1988年にはソロアルバム『BODY』をニューヨーク・レコーディングで発表。

1990年春に、妻・知永子とロンドンへ移住。映像プロデューサーであった妻の知永子とユニット・YONGENを結成。アルバムリリースの傍らイギリス・アメリカでリリースする傍ら、ヨーロッパのCM、アメリカのテレビドラマ等に楽曲提供する。

1993年には、康珍化との新たなユニット・CANCAMAYで、アルバム『ぼくがやさしい気持ちなら』をロンドン録音。ポリドールからリリース。収録曲「夢であいましょう」は和久井映見も歌唱。1996年、ロンドンのショーディッチにスタジオを構える。

2007年には映画音楽の巨匠フランシス・レイのコンサートをパリのリセ・ルイ=ル=グランのオペラボール・ルームで成功させる等、音楽プロデューサーとしてもその活動の幅を広げた。

2009年より、再び活動の拠点を東京に移す。自身が手掛けた楽曲を含む相川七瀬今事記』、斉藤由貴『何もかも変わるとしても』、ピアニスト・朝岡さやか『MORNING STAR』・『夕桜』、ヒナタカコ『AQUADREAM』などのアルバムをリリース。

2011年、橋真梨子フィレンツェでのコンサートをプロデュース。

2013年、ソロ歌手としてのベスト・アルバム『ゴールデン☆ベスト SONG RIVER』をリリース。同年、橋真梨子40周年記念アルバム収録曲として「アナタの横顔」(作詞は妻の知永子)をリリース。岩谷産業のイメージソングとなる。2015年、ヴァイオリンとチェロのユニット・清水西谷のアルバム『KODO』をプロデュース。同年、橋真梨子のパリのコンサートをプロデュース。2017年、小曽根真のプラハでのコンサート、サラ・オレインのハワイでのコンサートをプロデュース。2018年2月、妻であり音楽活動のパートナーであった知永子が逝去。同年秋、シンガーとして再デビューコンサートを行った。
主なリリース
センチメンタルホテル/TRUST(キングレコード)

THOUSAND NIGHTS ONLY NIGHT/NASA(
CBS・ソニー

BODY/亀井登志夫(CBS・ソニー)1988

ぼくがやさしい気持ちなら/CANCAMAY(ポリドール)1993

YONGEN
MOONRISE(
ポリスター)2000

YELLO HAUS(Alfabetti)2001

GIVE ME YOUR SUN(bounDEE/Alfabetti)2009

GREEN CORONA 2012

主な作曲楽曲

AKB48孤独な星空

岩井小百合「初恋」「ドレミファソーダ!」

烏丸せつこ「キャット・ウォーク」

國府田マリ子みみかきをしていると」「なで肩の長い夜」


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