乳房再建(にゅうぼうさいけん、英: Breast reconstruction)とは、外傷や奇形、乳癌除去手術などの理由で形状が大きく損なわれた乳房を再建する形成外科術である。 およそ両の乳房は女性のシンボルであり、これを大きく損なった際には女性の精神的苦痛が大きなものとなったり、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)に大きな影響を及ぼしたりすることがある。下着などである程度誤魔化すことは可能であるがそれはわずらわしいものであり、他人との入浴に制限が伴う場合もある[1][2][3]。このため、乳房の再建が望まれる場合がある。 アプローチとしては人工材料(インプラント / プロテーゼ / シリコンバッグ)の挿入(本項では以降インプラント法とする)[2][4]、真皮脂肪移植[2]、皮弁
概要
鬼塚(1996または2007)によれば、乳癌手術後の乳房再建が行われたのは1895年のCzernyによるlipoma移植が初であると言う。1963年にCroninがsilastic gel implantを用い、1978年にはRadvanがtissue expansion法を報告。1970年代後半から積極的に行われる様になり、日本ではインプラント法での再建は1976年、背部組織の移植が1979年、腹部の組織の移植が1982年が初のもので、いずれも東京都立駒込病院の坂東正士
の手によるものとされる[5]。ただし日本人女性は欧米人と比較して乳房が小さく、下着等で誤魔化しやすいからか、あるいは女性のシンボルである乳房に対する関心の薄さからか、かつては乳房再建を希望する患者は少なかったと言う[6][* 1]。片側のみの再建となった場合、乳房の形状や質感が左右で異なる場合があるため、患者が希望すれば健全な側(健側)も患側に合わせて修正するか[7]、或いは切除し、同等の再建術が行われる場合もある[8]。また、再建された乳房は通常の乳房より柔軟性に劣る傾向があり、これは即ち、体位によって柔軟に、様々な形状に変形する通常の乳房に比べれば、再建乳房はあまり体位によっては変形しないことを意味する。従って日常生活の大部分を占めると考え得る立位、座位状態の乳房を基準にデザインが行われるべきである[9]。
なお、慶應義塾大学形成外科での1974年1月から1984年12月までの実績によれば、再建術50症例の内、乳癌根治術後のそれは28例、次いでPoland症候群[* 2][10]が16例[11]であった。 外傷性乳房欠損または奇形への適用の場合、原則的に形態のみの再建となる[2]。 外見上失った乳房を補う手段として、手術以外にも下着用パッド(質量と安定感のあるシリコン製や、軽量なウレタン・スポンジ製など)[12]、胸部の皮膚に貼り付けるなどする人工乳房(やはりシリコン製やウレタン製など)[12]、各種専用のサポーターや下着[12]などがある。 乳癌の早期発見および治療技術の進歩[* 3]により、乳房の温存や再建についても有利な情勢が築かれつつある。1940年代には大胸筋を温存する術式[* 4]が、1960年代には小胸筋も温存する術式[* 5]が報告され、1970年代後半からはこれら非定型的乳房切除術が標準化されていった。 1980年代にはVeronesi、Fisherが乳房温存手術を発表。1990年にはアメリカ国立衛生研究所(NIH)の合意委員会がstage I - IIのものに対して温存療法が適切であると結論[13]。2007年現在、約50%の患者について、乳房温存手術が行われている[* 6][14][15][16][17]。このため、乳癌術後に大規模な再建が必要とされるケースは減少しつつあるが、再発が心配、放射線治療を避けたいなどの理由で患者が温存法を選ばず、あえて乳房の切除の上での再建を希望するようなケースも少なくない[18]。 手術時期としては、転移、再発の虞が少ない場合などに腫瘍の摘出と同時に再建が行われる一期再建[* 7][2][14][1][11][* 8]のケースと、6か月 - 2年程度経過を観察、放射線治療や抗がん剤治療が完了し、再発、転移等がみられないことを確認した後に再建される二期再建[14][2][6][* 9][11]のケースとがある。
外傷または奇形等
パッド・人工乳房人工乳房の例
乳癌「 乳癌」も参照