久光製薬株式会社
HISAMITSU PHARMACEUTICAL CO.,INC.
九州本社・鳥栖工場
種類株式会社
市場情報東証プライム 4530
久光製薬株式会社(ひさみつせいやく、英語:Hisamitsu Pharmaceutical Co., Inc.)は、 佐賀県鳥栖市に本社を置く日本の医薬品メーカー[2]。消炎鎮痛剤のロングセラーとして有名な「サロンパス」でその名を知られている[2]。 創業者の久光仁平が1847年(弘化4年)に同社の前身となる「小松屋」を創業。当時は「奇神丹」などの丸薬を製造していた。仁平が1877年(明治10年)の秋に死去すると、長男の久光與市
会社概要
製品開発・生産については佐賀県鳥栖市に所在する本社(その他栃木県宇都宮市にも工場が存在する)でおこなわれているが、営業、宣伝、マーケティングなどその他一連の業務については、東京都千代田区に所在する東京本社でおこなわれている。
社章(丸囲みで「小」)は小松屋の紋章である。
親戚・遠縁
龍角散社長の藤井隆太は、雑誌『プレジデント・ファミリー』の中で「うちや小林製薬さん、久光製薬さんといった同族経営の製薬メーカーは、一緒にビジネスをしたり、 系図をたどると遠縁にあったりと関係が深いです。 」と発言している[要出典]。
この三社の製品は、株式会社・龍角散の「龍角散」、久光製薬の「サロンパス」、小林製薬の「アンメルツヨコヨコ」、「サカムケア」、「熱さまシート」、「ニノキュア」、「命の母A」などは、中国で評判となり、神薬と呼ばれている[4][5]。
三浦館保存会理事長の会長をつとめていた中冨たつ子の旧姓は三浦といい、自民党議員だった三浦盛典(もりすけ)の娘。秋田県出身。久光製薬の会長の中冨博隆の妻である[6]。
沿革
1847年 - 小松屋として創業。
1869年 - 「奇神丹」を発売。
1871年 - 小松屋は久光常英堂と改称。
1903年 - 久光兄弟合名会社を設立。
1907年 - 「朝日万金膏」を発売。
1934年 - 中冨三郎の時代に鎮痛消炎プラスター剤「サロンパス」を発売[2]。
1936年 - 朝鮮半島や中国東北部などに「サロンパス」の輸出を開始[2]。
1944年5月 - 久光兄弟合名会社が中心となり、統制会社「三養基製薬株式会社」を設立。
1948年2月 - 田代鉱機工業株式会社を設立。
1951年2月 - 三養基製薬株式会社が久光兄弟合名会社・田代鉱機工業株式会社を合併し、商号を久光兄弟株式会社に変更。中冨正義が社長に就任。
1952年 - 大阪出張所開設(現・大阪支店)。
1957年 - 東京出張所開設(現・東京本社)。
1962年 - 東京証券取引所2部・福岡証券取引所上場。
1963年 - スプレー式鎮痛消炎剤「エアーサロンパス」を発売。
1964年 - 大阪証券取引所2部上場。
1965年4月 - 商号を久光製薬株式会社に変更。
1966年 - 名古屋出張所開設(現・名古屋支店)。
1970年 - 札幌出張所開設(現・札幌支店)。
1971年
鎮痛消炎シップ剤「サロンシップ」を発売。
名古屋証券取引所2部上場。
鳥栖研究所竣工。
仙台出張所開設(現・仙台支店)。
1973年 - 東京証券取引所、大阪証券取引所、名古屋証券取引所各1部指定替え。
1982年 - 鎮痛消炎プラスター剤「サロンパス-ハイ」を発売。
1983年
高松出張所開設(現・高松営業所)。
広島出張所開設(現・広島支店)。
1985年 - 「サロンパスA」を発売[2]。
1986年 - 鎮痛消炎プラスター剤「サロンパス30(サーティ)」を発売。