丹羽 弘道(にわ ひろみち、享和3年(1803年) - 慶応4年7月29日(1868年8月30日))は、江戸時代末期の陸奥国二本松藩城代、軍事奉行。通称は和左衛門。幼名は保太郎。 慶応4年に二本松の戦いにおいて国境の笹川を守備した。その後新政府への帰順を建議したが容れられず、単独にて和議を画策するが徒労に終わる。慶応4年7月29日、養子茂正
生涯
墓所は福島県二本松市成田町大隣寺。
参考文献
全国版 幕末維新人物事典 歴史群像編集部編 学研パブリッシング、2010年
関連項目
丹羽氏
戊辰戦争
更新日時:2016年9月11日(日)08:12
取得日時:2018/07/01 11:14