この存命人物の記事には検証可能な出典が不足しています。信頼できる情報源の提供に協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的に中傷・誹謗・名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります。
出典検索?: "中郷俊彦"
なかごう としひこ
中郷 俊彦
生誕1957年(66 - 67歳)
国籍 日本
職業ゲームクリエイター
著名な実績『スーパーマリオブラザーズ』
『マリオ』シリーズ
『ゼルダの伝説』シリーズ
『どうぶつの森』シリーズ
肩書き株式会社SRD代表取締役社長[1]
テンプレートを表示
中郷 俊彦(なかごう としひこ、1957年 - )は、日本のゲームクリエイター。京都府出身。血液型はA型[要出典]。株式会社SRDの代表取締役社長を務めている[1]。 1979年に創立した株式会社SRDで、黎明期より事務計算ソフトなどのビジネスソフトの制作を行っていた。その後、任天堂が自社の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)に搭載を予定していたCPU「MOS 6502」[2]に詳しいプログラマーを探していたことがきっかけとなり、1982年よりファミコン向けゲームソフトの開発を開始。以降、任天堂発売のゲーム機に向けたゲームソフトの開発を行っている[3][4]。 初期の頃は主にアーケードゲームをファミコン向けに移植する作業を担当し、1984年発売の『エキサイトバイク』を宮本茂と共同開発して以降は、『マリオ』シリーズや『ゼルダの伝説』シリーズなど宮本が関わるゲームソフトを中心に携わるようになった[3]。現在はアドバイザーとしての立場で制作に関わっている。
人物
作品
ファミリーコンピュータ
ドンキーコング(1983年7月15日)[3]:プログラマー
ドンキーコングJR.(1983年7月15日)[3]:プログラマー
麻雀(1983年8月27日)[3]:プログラマー
ドンキーコングJR.の算数遊び(1983年12月12日)[3]:プログラマー
エキサイトバイク(1984年11月30日)[3]:プログラマー
アイスクライマー(1985年1月30日)[3]:プログラマー
スパルタンX(1985年6月21日):プログラマー
スーパーマリオブラザーズ(1985年9月13日)[3]:プログラマー
スーパーマリオブラザーズ3(1988年10月23日)[5]:プログラマー
アーケードゲーム(任天堂VS.システム)
VS.バルーンファイト(1984年11月)[3]:プログラマー
ディスクシステム
ゼルダの伝説(1986年2月21日)[6]:プログラマー
スーパーマリオブラザーズ2(1986年6月3日):プログラマー
リンクの冒険(1987年1月14日):プログラマー
夢工場ドキドキパニック(1987年7月10日):プログラマー
スーパーファミコン
スーパーマリオワールド(1990年11月21日)[7]:プログラムディレクター
ゼルダの伝説 神々のトライフォース(1991年11月21日):プログラムディレクター
スーパーマリオ ヨッシーアイランド(1995年8月5日):ディレクター(手塚卓志、日野重文、紺野秀樹と共同)
マーヴェラス ?もうひとつの宝島?(1996年10月26日):テクニカルサポート
NINTENDO64
スターフォックス64(1997年4月27日):スーパーバイザー
ヨッシーストーリー(1997年12月21日):プログラムディレクター
ゼルダの伝説 時のオカリナ(1998年11月21日):スーパーバイザー
ゼルダの伝説 ムジュラの仮面(2000年4月27日):プログラムマネージャー
ゲームボーイカラー