この項目では、技術者の中川明夫について説明しています。
韓国語学者の中川明夫については「中川明夫 (韓国語学者)
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中川 明夫(なかがわ あきお)は IGBTの発明者の一人で、1984年IGBTの破壊原因であるラッチアップが起こらないノンラッチアップIGBTを開発し、現在のIGBTを実現した。
現在は中川コンサルティング事務所[1]技術コンサルタントに従事。
発明例
高効率高速200Vダイオードの開発[2]
1979年当時、ダイオードを高速化するためにキャリア寿命を短くすると高耐圧ダイオードの場合、順方向電圧降下が増大する問題があった。この問題を解決するためpinダイオードの動作メカニズムを詳細に解明することで、順電圧降下を下げかつ逆回復時間を60nsecと短くする技術を世界で初めて確立し実際の製品に適用した。具体的には高抵抗i層の厚みWとキャリア寿命τが次の関係:W2/τ=8μkT/q (μ:電子と正孔の平均の移動度)を満たす時、順電圧降下が最低になることを理論的に見出した。この条件を満たすようにτを短く設定することで順電圧降下0.85V、逆回復時間60nsecを実現した低損失、高速の200V 30A素子を世界で初めて開発し、事業化に成功した。
ノンラッチアップIGBTの開発[3]
1982年、GEがIEDM(International Electron Device Meeting)で初めてIGBTの素子原理を論文発表した。米国の半導体メーカーのGE、RCA、モトローラ等が競って技術開発を行ったが、寄生サイリスタのラッチアップを防ぐことができず実用化には至らなかった。
1984年、寄生サイリスタのラッチアップを完全に防止する技術を世界で初めて開発し、バイポーラトランジスタを置き換えるために必要となる「負荷短絡耐量(説明は後述)」をIGBTにおいて初めて実現した。これにより1985年に大電流IGBTの事業化に世界で初めて成功した。「負荷短絡」とは例えば600V定格IGBTをオン状態にしたまま、素子に直接300Vの電圧を印加する過酷な試験で、素子には大電流が流れ、かつ、素子に生じる電圧降下が300Vになることで高電圧を支える必要がある。ラッチアップを防ぐために開発した技術は次の2つである:
(1)ソースでゲートを取り囲む細長いストライプパターンを採用することで局部的な電流集中を防いだ。また、寄生サイリスタのラッチアップ電流値JLはソースで挟まれたポリシリコンゲートの短辺の幅の逆数に略比例することで求まることを理論的に見出した。
(2) 高電圧を印加した時、素子に流れる電流はMOSゲートから供給される電子の飽和電流がPNPトランジスタで増幅されることで決まるので、MOSゲートの電子飽和電流を一定値に制限し、素子電流を上記のラッチアップする電流値JL以下に制限することで、実質上ラッチアップを防止できることを見出した。
これにより世界で初めてラッチアップしないIGBTの開発に成功した。この技術を用いて、1985年に大電流IGBTモジュールを世界に先駆けて製品化した。また、ノンラッチアップ構造の基本特許を国内および米国、欧州で取得し、IGBTの事業を成功に導いた。
1986年には1800Vの高耐圧IGBTをシリコン直接接合技術を用いて開発し、IGBT高耐圧化の目処を立てた。