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日本の政治家中山 利生なかやま としお
1993年5月、ペンタゴンにてウィリアム・J・ペリーと会見の折
生年月日1925年3月16日
出生地 茨城県龍ケ崎市
没年月日 (2004-09-30) 2004年9月30日(79歳没)
出身校日本大学法学部
前職衆議院議員秘書
所属政党自由民主党(橋本派)
称号勲一等旭日大綬章
正三位
親族中山栄一(父)
中山一生(長男)
第52代 防衛庁長官
内閣宮澤改造内閣
在任期間1992年12月12日 - 1993年8月9日
衆議院議員
選挙区(旧茨城1区→)
(茨城3区→)
比例北関東ブロック
当選回数9回
在任期間1969年12月28日 - 1979年9月7日
1980年6月23日 - 1983年11月28日
1986年7月7日 - 2003年10月10日
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中山 利生(なかやま としお、1925年3月16日 - 2004年9月30日)は、日本の政治家。位階は正三位。元衆議院議員(自由民主党所属)、防衛庁長官。 衆議院議員を務めた中山栄一の息子として現在の茨城県龍ケ崎市に生まれる。茨城県立龍ヶ崎中学校・日本大学法学部を卒業した。父の秘書を経て、1969年の第32回衆議院議員総選挙に自民党公認で出馬し当選した(当選同期に小沢一郎・羽田孜・梶山静六・渡部恒三・奥田敬和・綿貫民輔・塩崎潤・森喜朗・村田敬次郎・松永光・江藤隆美・中山正暉・浜田幸一など)。以降9期当選した。法務政務次官や自治政務次官を経て宮澤内閣時に防衛庁長官を務めた。1993年12月に自民党副幹事長に就任し、1998年11月に勲一等旭日大綬章を受章した[1]。2003年に政界を引退した。2004年9月30日に死去した。79歳没。没後、正三位に叙された。 元龍ケ崎市長の中山一生は長男。
経歴
脚注^ 「98年秋の叙勲 勲三等以上と在外邦人、及び外国人の受章者一覧」『読売新聞』1996年11月3日朝刊