中古日本語
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中古日本語

貞観9年(867年)に作成した『讃岐国司解藤原有年申文』は、現存する最古の草書体の仮名。
話される国日本
消滅時期11世紀末期に中世日本語へ発展。
言語系統日琉語族

中古日本語

表記体系漢字万葉仮名平仮名片仮名
言語コード
ISO 639-2-
ISO 639-3?
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中古日本語(ちゅうこにほんご)とは、上代日本語中世日本語の間に位置する、日本語の発展における一段階である。平安時代中期に用いられた。日本語の文語体の基礎となる言語である。

平安時代の初期(10世紀)に日本語を記したものは漢文・変体漢文と訓点資料(漢文訓読を記号・文字で記した資料)・古辞書を除いて残存資料に乏しく、実態ははっきりしない。一方平安時代末期(11世紀末ころ?12世紀)には中期とは異なる現象が現れ始め、「院政期」と呼ばれる。院政期は後の鎌倉時代と似た特徴を持ち、「院政鎌倉時代」と一括して考えることがある。従って「中古日本語」という時は平安時代の中期を中心に、初期も含めるが、院政期を除いて考えるのが一般的である。そして院政期は「中古」に対して「中世前期」と呼ばれる。
背景

上古日本語は漢字を借用し日本語を写していた (万葉仮名) 。平安時代の9世紀中期には遣唐使が途絶し、服装も独自の変化を遂げるような国風文化のもとで、表記の面でも万葉仮名からひらがなカタカナという表音文字へと変化した。漢字も残し活かしたこの発展は日本語の表記を簡略・豊潤にし、文学の新時代を現出し、『竹取物語』、『伊勢物語』、『土佐日記』などの古典を生み出した。更に仮名交じり文による新たな文体も生み出されるようになった。
音素
音節表

最初期の中古日本語の五十音図を以下に掲げる。

中古日本語の早期の音節(直音と清音)ア段イ段ウ段エ段オ段
ア行aiueo
カ行kakikukeko, kwo
サ行sasisuseso
タ行tatituteto
ナ行naninuneno
ハ行papipupepo
マ行mamimumemo
ヤ行jajujejo
ラ行?a?i?u?e?o
ワ行wawiwewo

上代特殊仮名遣の区別はほとんどなくなり、9世紀にわずかに「コ」の甲乙が残っていたが、のちに消滅した。ア行の「オ(/o?/)」とワ行の「ヲ(/wo?/)」の区別は11世紀初めには語頭において混乱を始め、11世紀後半には区別がなくなった。『悉曇要集記』(1075年成立)には「オ」のみで「ヲ」が記されていないことからわかる。但し「イ」と「ヰ」、「エ」と「ヱ」の区別はしばらく保たれた。

ア行の「エ(/e?/)」とヤ行の「エ(/je?/)」の区別は10世紀半ばまでは区別されていた。紀貫之の『土佐日記』(935年頃成立)を忠実に写した写本には区別があるという。源順(911-983年)の作った歌を集めた『源順集』には「天地の詞」に依拠した歌があるが、「天地の詞」には「え」の文字が2回出てくるので区別があった時代のものと見られる。但し源順自身は区別がわからなくなっていた。源為憲が著した『口遊』(970年)に載せられている「たゐにの歌」には区別がなく、いろは歌も同様である。


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