中世_(小説)
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中世
作者
三島由紀夫
日本
言語日本語
ジャンル短編小説
発表形態雑誌掲載
初出情報
初出第1回・第2回途中-『文藝世紀』1945年2月号
第2回続き・第3回-『文藝世紀』1945年3月号(発行直前に東京大空襲で焼失)
第4回-『文藝世紀』1946年1月号
全篇掲載-『人間』1946年12月号
刊本情報
収録『岬にての物語
出版元桜井書店
出版年月日1947年11月20日
装幀古沢岩美
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『中世』(ちゅうせい)は、三島由紀夫短編小説。陣中に25歳で夭折した足利義尚を悼む父・足利義政の癒えない悲しみと、2人に寵愛された美少人・菊若を介した義尚の招魂を絢爛な文体で描いた室町時代の物語。衆道的モチーフなどに、三島美学の萌芽が垣間見られる作品である[1]

戦争中、中島飛行機小泉製作所勤労動員されていた当時20歳の三島が、赤紙による中断覚悟で遺作として執筆していた小説で[2]、雑誌に初出掲載されたものを読んだ川端康成が賞讃の声を漏らしていたことから、それを頼みの綱に、戦後三島が川端宅へ初訪問するきっかけとなった作品でもある[2]
発表経過

1945年(昭和20年)、雑誌『文藝世紀』2月号に第2回途中まで掲載され、続きから第3回までを掲載予定だった3月号は発行前に東京大空襲で焼失した[3][4]。第4回は終戦後である翌年1946年(昭和21年)1月号に掲載された[3][4]。その後、川端康成の推薦により、同年に川端主宰の雑誌『人間』12月号に初めて全編が掲載され[3][4]、翌1947年(昭和22年)11月20日に桜井書店より刊行の『岬にての物語』に収録された[1][4][5]。文庫版としては、1955年(昭和30年)3月30日に角川文庫より刊行の『花ざかりの森 他六篇』、1998年(平成10年)3月10日に講談社文芸文庫より刊行の『中世・剣』に収録された[1][5][4]
あらすじ

足利義尚が陣中で亡くなった。義尚に寵愛されていた少人・菊若は後を追おうとするが、霊海禅師にその意を見抜かれ、禅師の蘭若(寺)に留まった。義尚の父・義政老公の悲しみも癒えなかった。ある夕、むした大が部屋に入ってきた。義政は、キキと鳴く澄んだ眼の大亀に愛着を覚える。

星を見ては号泣する亀を抱きながら、義政は銀河を眺め暮した。義政は精霊の世界に心を惹かれ、ついには寝食を廃するに至った。老医師・鄭阿は不死の薬を求め旅に出た。義政は東山殿巫女らを集め、降霊の儀式をするが、息子・義尚の霊は降りなかった。しかしその中の美しい1人の巫女・綾織が義政にみそめられ、酒宴が開かれた。

もはや菊若を離れて生き得なかった霊海禅師は、このまま菊若を寺に置きたいと希うのみだったが、菊若が剃髪を願い出ると、そのみどりの黒髪をただ見つめるばかりで霊海には答えはなかった。入梅近き夜、菊若の床へ霊海が忍び、涙を流して愛を告白した。やがて寺の侍僧らは悉く暇をとり、檀越たちは禅師と菊若が相携えて山道を歩くのをしばしば見かけるようになった。

霊に飽いた義政の心を翻えそうと力めた巫女・綾織は、近くに在るだろうを探すように義政に言った。義政は菊若を思い浮かべ、探索の使者を遣わした。不死の薬の調合書を手に入れて戻った鄭阿は心悩みながら、の花で満開の庭を歩く老大亀を呼んだ。「物言わぬその魂」、「中世の体現者」のようなその亀を、鄭阿もまた愛した。亀は赤い目で黙っていた。鄭阿の袖の中で亀はキキとも鳴かなかった。

美しい菊若が義政の元へやって来た。菊若を見て綾織は愉悦に輝いた。菊若の蹠が時々すっと地を離れ、義尚の魂が乗り移った。菊若は綾織の腕に抱かれ、亡き義尚の霊の言葉を厳かに語り出した。その頃、鄭阿は遂に大亀を殺め、不死の薬に不可欠の、その脳髄を取り出して、は星空が燦然と光る池に沈めた。

降霊を終え疲れ果てた菊若は、霊海禅師の寺に戻ったが、月の出と共にうなされはじめた。綾織が寺の山門に立ち、菊若を迎えに来た。綾織は母のように菊若を抱いて、その冷たい手を温めた。綾織の吐く息はの露がこぼれるかのように尊く、霊海は合掌した。綾織は菊若の手を引いて山を下りていった。霊海は縋ったが、綾織の神意の充ちた篝(かがり)のような眼差に負けた。綾織と菊若は上加茂の流れに2人手をとり合って入水し、後にそれを知った霊海もに伏した。

延命の賀宴で、鄭阿による不死の薬の盃が義政老公へ参らされた。琥珀色の液を老公は飲み干した。興に乗った人々は老公をお誘いして、紅葉の池に船を泛べた。二階堂行二は櫂に亀の骸が当たり絡まるのを見て、舟人を目で制し、義政老公が気づかなかったことを祈りながら、その方を盗み見ると、老公は和やかな微笑で家臣らを見比べていた。もしや亀の死も綾織の失踪もとうに老公は知っていたのではないか、その顔は紅葉の影をうつして美しく茜さしていた。

鄭阿はお暇を賜り、再び旅に出た。「死すべき時は選びえずともどうして死所を選びえぬことがあろう」「帰思(きし)方(まさ)に悠なる哉」と、鄭阿は故地の福州を目指した。
登場人物
足利義尚
長享3年3月26日、25歳で近江国鈎里の陣中で死去。切れ長の目。智勇文武を兼ね備えた名君。
足利義政
義尚の父。東山殿に住む。息子亡き後、悲しみに打ちひしがれて衰弱し狂気の兆候が出る。ある日部屋に入ってきた草色の苔むした大亀の澄んだ眼が忘れられなくなり、それを飼う。精霊の世界に心惹かれてゆく。
菊若
能楽師。美しい少人。義政、義尚親子二代にわたり寵愛を受け、伽を勤める。15歳の時に義尚から「菊若」の名を賜り、お招きを受けた。女と見紛う双手の舞があでやか。匂いやかな黒髪。
霊海禅師
僧侶。義尚の後追い自殺をしようと考えていた菊若を思いとどまらせているうちに、菊若を愛するようになる。
二階堂政行(行二)
号は行二。義政を双六に誘う。剃髪している。
鄭阿
老医師。の血を引く。不死の薬を求めて北九州へ赴く。悲しみを紛らす阿片で、百年前の福州の街に行った夢をみる。
綾織
際立った美形の巫女。義政にみそめられる。物言いたげに紅玉の光りを放つ唇。早百合の清らかさのある身のこなし。
西方の商人
北九州の港に停泊する船の船長たち。華南の異国人。昨の晩夏、嵐で打ち上げられた福州の商船から荷を盗み取った中に奇怪な銘の袋(秘薬の調合書)があり、鄭阿が買う。
相阿弥
義政と旧知の雅友。西城渡来の蓬?図の古画を義政に献上する。
作品背景

三島由紀夫は少年時代から中世文学に凝りはじめ、〈特に謡曲の絢爛たる文体は、裡に末世の意識をひそめた、ぎりぎりの言語による美的抵抗であつて、かういふ極度に人工的な豪華な言語の駆使は、かならず絶望感の裏打ちを必要とする筈だ〉という思いの中で、大学の勤労動員先の中島飛行機工場で『中世』を執筆するが[2]、それは〈終末観の美学の作品化〉であるとし、その当時の心境を以下のように語っている[2]赤紙が来ようが来まいが、一億玉砕は必至のやうな気がして、一作一作を遺作のつもりで書いていた。(中略)
二十歳の私は、自分を何とでも夢想することができた。薄命の天才とも。日本の美的伝統の最後の若者とも。デカダン中のデカダン、頽唐期の最後の皇帝とも。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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