不満研究事件
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不満研究事件おとり調査についてビデオで説明するリンゼイとプラックローズ
期間2017?2018
種別おとり調査、デタラメな学術論文の出版
動機ジェンダー研究、フェミニスト研究、人種研究、セクシュアリティ研究、肥満研究、クィア研究、カルチュラル・スタディーズ、社会学の学問的貧弱さの暴露
標的学術誌、カルチュラル・スタディーズおよびジェンダー研究を含む特定の学術分野の学術誌
最初の
通報者ウォール・ストリート・ジャーナルのジリアン・ケイ・メルキオール (2018年10月2日)
主催者ピーター・ボゴジアン、ジェームズ・A・リンゼイ、ヘレン・プラックローズ
撮影者マイク・ナンヤ
結果おとり調査が明らかになった時点で、20本の論文のうち4本が出版、3が承認したが未出版、6本がリジェクト、7本が査読中

不満研究事件(ふまんけんきゅうじけん、英:Grievance studies affair)、または「第二のソーカル事件」とも呼ばれるスキャンダルは、ピーター・ボゴジアンジェームズ・A・リンゼイヘレン・プラックローズの3人の著者のチームが、彼らが「学問として貧弱であり、査読基準が腐敗している」と見なすいくつかの学術分野に注目を集めるためのプロジェクトであった。

2017年から2018年にかけて行われた彼らのプロジェクトは、社会学における文化クィア人種ジェンダー・肥満研究(英語版)・セクシュアリティ研究の学術誌にデタラメなおとり論文を投稿し、査読を通過して出版が認められるかどうかを試すというものであった。それらの論文のうちいくつかはその後出版され、著者たちはそれを自分たちの主張の裏付けとした。

この事件以前にも、ポストモダン哲学や批判理論の影響を受けた多くの研究の知的妥当性に対する懸念は、現代人文科学の多くの研究の専門用語や内容をパロディにしたナンセンスなでたらめ論文を作成し、これらの論文を学術誌に受理させることに成功した様々な学者によって光を当てられてきた。これ以前の最も注目すべき一例である1996年にアラン・ソーカルカルチュラル・スタディーズのジャーナル「ソーシャル・テクスト」誌に発表したおとり論文は、ボゴジアン、リンゼイ、プラックローズの3人の研究者を触発することになった。この3人は「特定の結論のみが許容され、客観的事実よりも社会的不平等に対する不満を優先する風土が醸成されている」と見なす、彼らが「不満研究」と呼ぶ学問分野の問題を暴露する意図でこのプロジェクトに着手した[1][2][3]。 3人は自らを左派リベラルと自認し、ポストモダニズムアイデンティティ政治に基づく学問が、左派政治プロジェクト、さらには科学とアカデミアに対して与えている被害について周知を促す試みとしてプロジェクトを説明している。

ボゴジアン、リンゼイ、プラックローズの3人は、意図的に不条理なアイデアや倫理的に疑わしい行為を促す20の論文を書き、さまざまな査読付きジャーナルに投稿した。彼らはプロジェクトを2019年1月まで実行することを計画していたが、ウォール・ストリート・ジャーナルの記者が「Gender, Place & Culture(英語版)」誌に掲載された論文に使用された偽名である「ヘレン・ウィルソン」が実在しないことを明らかにし、3人は2018年10月にこの「おとり調査」を認めた。事件が明らかになった時点で、彼らの20本の論文のうち4本は出版済み、3本は受理されたが未出版、6本はリジェクト、7本は審査中だった。掲載された論文には、犬がレイプカルチャーに従事しているという理論や、男性が性具で自分自身の肛門を貫くことによってトランスフォビアを減らすことができるという理論、またアドルフ・ヒトラーの「我が闘争」をフェミニストの言葉で書き直したものが含まれていた[2][4] 。 これらのうち最初のものは掲載したジャーナルから特別な評価を得ていた。

この事件はアカデミアでは賛否両論を呼んだ。一部の学者は、ポストモダニズム、批判理論、アイデンティティ政治の影響を受けた人文・社会科学の分野に広く見られる欺瞞を暴いたとして賞賛した。一方、故意にデタラメの研究を提出することは非倫理的であると批判する者もいた。また、このプロジェクトには対照群が含まれていないことから、この研究は科学的方法によるものではないと主張し、さらに、薄弱な理論や査読の質の低さは「不満研究」の対象に限らずアカデミアで広範に見られると主張する者もいた。
「不満研究」と「応用ポストモダニズム」

ジェームズ・A・リンゼイ、ピーター・ボゴジアン、ヘレン・プラックローズの3人は、一連のおとり論文を通じて、彼らが「不満研究」と呼ぶ、「特定の結論のみが許容され、客観的事実よりも社会的不平等に対する不満を優先する風土が醸成されている」と考える学術分野の小分野の問題を暴露するつもりだった[1][2][3]。3人はポストコロニアル理論、ジェンダー研究、クィア理論、クリティカル・レース理論(英語版)、インターセクショナルフェミニズム、肥満差別研究などの学術分野を「不満研究」と呼んでいるが、それはプラックローズによれば、こうした分野が「不満からの仮説」から始まり、「それを立証するために利用できる理論」をねじ曲げるためであるという[5] 。プラックローズは、これらの分野はすべて、1960年代後半に発展したポストモダン哲学からその根底にある理論的展望を導き出していると主張した。フランスのポストモダン哲学者であるミシェル・フーコーの成果に焦点を当て、彼女はフーコーが「社会に知識と権力が織り込まれているとし、社会における言説の役割を強く主張した」ことを強調した[5]

プラックローズは、ポストコロニアル理論やクィア理論といった分野は、1980年代後半に公民権運動ゲイの権利運動リベラル・フェミニズム運動の成果を法改正の場から言説の変化を押し出す手段として大きく立ち上がったことから、「応用ポストモダニズム」と呼ぶことができるのではないかと示唆した[5]。彼女は、これらの分野は活動家の意図に合わせてポストモダニズムを応用したと主張した。活動家はポストモダニズムから知識は社会構造であるという考えを採用したが、同時に「あることが客観的に真実でなければ進歩はない」というモダニズムの考えも堅持していた。したがって、「応用ポストモダニスト」であるプラックローズは、「女性有色人種LGBTを抑圧する権力特権のシステム」は客観的に実在し、言説を分析することによって明らかにすることができると主張した。同時に、彼女は活動家は「科学や客観的知識に対するポストモダニズム的な懐疑」、「権力と特権のシステムとしての社会に対する見方」、「すべての不均衡は生物学的現実から生じるのではなく、社会的に構築されているという信念への傾倒」を保持していると主張した[5]

プラックローズは、自分自身と共同研究者を「左翼リベラル懐疑論者」と表現している。彼女はこのプロジェクトを実行しようと思った中心的な理由を、「アイデンティティ政治とポストモダニズムに基づく」学問分野における「腐敗した学問」に問題があることを他の「左派の学者」に納得させるためであると述べた[5]。彼女は、ポストモダニストから派生した多くの学問は、モダニズムを拒絶する際に、科学、理性、および自由民主主義も拒絶し、したがって多くの重要な進歩による利益が損なわれていると主張した[5]。プラックローズはまた、集団アイデンティティ(英語版)の重要性の前景化、客観的な真実は存在しないと主張することによるポスト真実の成長の促進、これらポストモダニズムの理論が2010年代に多くの国で見られた「右への反動の急増」に寄与していると懸念を示している[5]

2020年に、プラックローズとリンゼイは、著書「Cynical Theories: How Activist Scholarship Made Everything About Race, Gender, and Identity?and Why This Harms Everybody(英語版)(邦訳:『「社会正義」はいつも正しい』ISBN 9784152101877)」で批判理論の影響をさらに調査した[6]
経緯

事件が明らかにされた時点で、20件の論文のうち7件が出版を承認され、7件は査読中であり、6件はリジェクトされていた[3]


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