三重水素
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三重水素
核種の一覧における三重水素の位置
核種の一覧
概要
名称、記号トリチウム,3H
中性子2
陽子1
核種情報
天然存在比10-18[1]
半減期12.32
崩壊生成物3He
同位体質量3.0160492 u
スピン角運動量1/2+
余剰エネルギー14,949.794± 0.001 keV
結合エネルギー8,481.821± 0.004 keV
崩壊モード崩壊エネルギー
ベータ崩壊0.018590 MeV

三重水素(さんじゅうすいそ)またはトリチウム(: tritium、記号: T)は、質量数が3である水素の同位体、すなわち陽子1つと中性子2つから構成される核種であり、半減期12.32年で3Heへとβ崩壊する放射性同位体である。三重水素は、宇宙線と大気との相互作用により、地球全体で年間約72 PBq(7.2ベクレル[注 1])ほど天然に生成されている[2]

重水素(2H)と三重水素(3H)とを併せて重水素(heavy hydrogen)と呼ばれることがある。三重水素核は三重陽子 (: triton) とも呼ばれる。

三重水素は、その質量が軽水素の約3倍、二重水素の約1.5倍と差が大きいことから、物理的性質も大きく異なる。一方、化学的性質は最外殻電子の数(水素の場合は1)によって決まる要素が大きいため、三重水素の化学的性質は軽水素や重水素とほぼ同じであることが多い。同位体効果の項も参照。
概要

自然界に最も普遍的に存在する水素は、原子核が単独の陽子から成る軽水素(1H)である。原子核陽子1つと中性子1つから成る重水素(2H)も、安定核のため比較的豊富に存在する (自然界の水素同位体の0.0115%[注 2][3]) のに対し、三重水素は不安定[注 3]なため天然には微量しか存在しない。とはいえ、宇宙線により生成され続けているため、天然においても一定量が常に存在している。たとえば体重60 kg程度の人の場合、50ベクレル程度のトリチウムを体内に保有している[4]。水素には質量数が4から7の同位体もあるが、いずれも半減期が10-22秒以下と極めて不安定である。

三重水素は、地球環境においては、酸素と結びついたトリチウム水(HTO[注 4])としてに混在しており[注 5]、水圏中に気相、液相、固相の形態で広く拡散分布している。大気中においては、トリチウム水蒸気(HTO)、トリチウム水素(HT)および炭化トリチウム(CH3T)の3つの化学形で、それぞれ水蒸気、水素、炭化水素と混在している。なお、海水中の三重水素濃度は通常、数 Bq/Lより少ない[注 6][注 7]

三重水素は、宇宙線と大気の相互作用により、地球全体で年間約72 PBq(7.2ベクレル[注 8])ほど天然に生成される[2]。加えて、過去の核実験により環境中に大量に放出され[注 9]、未だに残っている三重水素(フォールアウト・トリチウム)、原子力発電所または核燃料再処理施設などの原子炉関連施設から大気圏や海洋へ計画放出された三重水素(施設起源トリチウム)[注 10]が地球上で観測される三重水素の主たる起源である[9]

高純度の液体トリチウムは、核融合反応のD-T反応を起こす上で必須の燃料であり、水素爆弾の原料の一つとしても利用される[10]

体内では均等分布で、生物的半減期が短く、エネルギーも低い。こうしたことから三重水素は最も毒性の少ない放射性核種の1つと考えられ[11]、生物影響の面からは従来比較的軽視されてきた[12]。しかし一方で、三重水素を大量に取扱う製造の技術者の、内部被曝による致死例が2例報告されている[注 11]。三重水素の生物圏に与える影響については、環境放射能安全研究年次計画[13]において研究課題として取り上げられたことなどもあり、長期の研究実績に基づいた報告書が公表されている[14]
名称

三重水素は歴史的経緯から固有の名称が与えられている。三重水素にはトリチウム(: tritium、記号: T)という別名がつけられている。これはギリシャ語で「三番目」を意味するτρ?το?(tritosトリトス)に由来する。T という記号は三重水素という水素の同位体に対して特別に割り当てられた記号である。このようにある元素の同位体に対して特別な記号が与えられているものとしては、他には二重水素に対する D やトロン(ラドン220)に対する Tn などがある。

トリチウムという別名には、幾つかの表記ゆれが存在する。例として、トリチュウム[15][16]、トリチューム[17][18]

通常の元素の同位体の記号と同様に、元素記号の左肩に質量数を付与し、元素名の後に質量数を付与して水素3(すいそ-、: hydrogen-3、記号: 3H)とすることもあるが、この名称及び表記はあまり使われない。
歴史

1929年、恒星のエネルギーが、核融合で供給されることが分かる。

1933年、
レオ・シラード原子爆弾(原爆)の理論的可能性を提起。

1934年、マーク・オリファントら、重水素核同士を衝突させ質量3のトリチウムを合成。

1934年、電気分解で得た重水中に天然由来のトリチウムを見出す。

1935年、1月、電解水素メーカーのNorsk hydro Enters社が重水の商業生産を開始。

1942年、アメリカのエドワード・テラーが水素爆弾(水爆)の理論的可能性を提起。

1945年、7月16日、アメリカのニューメキシコ州で初の原爆実験(トリニティ実験)。以後、原爆実験で5.55×1016 Bqのトリチウムが放出される。

1945年、カナダで減速材中にトリチウムが生成されるCANDU炉の開発始まる。

1949年、ドイツのV. Faltingsら、液体空気製造工場のヘリウム含有廃ガス中に環境トリチウムを発見。

1950年、1月31日、アメリカのトルーマン大統領が水爆の開発計画を表明。

1950年代、アメリカ・オークリッジでPUREX法(ピューレックス)による再処理技術が開発される。

1952年、11月1日、アメリカがエニウェトク環礁で液体トリチウムを原料とした初の水爆実験(アイビー作戦)。以後、水爆実験で2.4×1020Bqのトリチウムが放出される。

1953年、1月4日、ソ連マヤーク核技術施設でトリチウム事故、2名が死亡。

1953年、8月12日、ソ連がブースト型核分裂兵器の実験を行う。

1954年、3月1日、アメリカがビキニ環礁でトリチウムを原料としないテラー・ウラム型水爆実験(キャッスル作戦)を実施。日本の漁船「第五福竜丸」等が被曝。

1961年、スイスでトリチウム事故。3名が被曝し、うち1名が死亡。

1963年、8月5日、部分的核実験禁止条約が調印され、大気圏内原水爆の実験が禁止される。

1964年、西ドイツでトリチウム事故。44名が被曝し、うち1名が死亡。

1970年、重水を減速材として使用する「ふげん」(福井県敦賀市)が着工。

1977年、イギリスでトリチウム事故。2名が被曝。

1978年、フランスにある世界最大のラ・アーグ再処理工場が運転開始。同工場は1×1016 Bq/年のトリチウムを海洋放出。

1981年、1月、動力炉・核燃料開発事業団東海事業所の再処理施設(茨城県東海村)が本格運転を開始。発生するトリチウムは希釈廃棄処分。

1993年、六ヶ所再処理工場(青森県六ヶ所村)の建設始まる。同工場は大気中および海中を合わせ、約2×1016 Bq/年のトリチウムを希釈廃棄処分する予定。

2002年、アメリカ合衆国のテネシー川流域開発公社運営のワッツバー原子力発電所(英語版)1号炉が稼働し、アメリカ合衆国エネルギー省(DOE)の国家核安全保障局(NNSA)の事業として、核爆弾用のトリチウムの生産を開始[19]

2005年、ワッツバー原発1号炉のトリチウム製造ロッドが、政府核施設であるサバンナ・リバー・サイトに搬送される。

2011年3月11日、福島第一原子力発電所事故が発生、トリチウムも太平洋に漏出。

2016年2月、アメリカ合衆国ニューヨーク市から40 kmに位置するインディアンポイント原子力発電所(en:Indian Point Energy Center)で、トリチウムの漏出が見つかる。10月、ワッツバー原発の2号炉が稼働[19]

2017年1月19日、インディアンポイント原子力発電所の閉鎖決定。

2023年8月24日、福島第一原発の廃炉作業で生成し続けるトリチウム入り処理水の海洋投棄を開始。中国が反発。

物理的特徴トリチウム封入管を使用したミリタリーウォッチ

三重水素は弱いβ線(18.6 keV 以下)を放射しながらβ崩壊を起こし、ヘリウム3 (3He) へと変わるベータ放射体(beta-emitter)で、半減期は12.32年である[20][21]。 1 3 H   → 12.32 years β −   18.6 keV   2 3 He + e − + ν ¯ e {\displaystyle {}_{1}^{3}{\hbox{H}}\ {\xrightarrow[{12.32\,{\text{years}}}]{\beta ^{-}\ 18.6\,{\text{keV}}}}\ {}_{2}^{3}{\hbox{He}}+{\hbox{e}}^{-}+{\overline {\nu }}_{\hbox{e}}}

電子は、 5.7 keV の平均運動エネルギーを持ち、残りのエネルギーは反電子ニュートリノによって奪われる。三重水素から発する低いエネルギーのβ線は人間の皮膚を貫通できず、外部被曝の危険性がほとんどないため、その酸化物であるトリチウム水(HTO)は放射性夜光塗料の材料などに用いられている[22][注 12]。また、この低いエネルギーであるがゆえに、三重水素の標識化合物は、液体シンチレーション計測法でないと検知することができない[注 13]
熱核反応(核融合反応)の燃料として

二重水素(D)と三重水素(T)の核融合反応である熱核反応(D-T反応)は、二重水素同士の熱核反応(D-D反応)に比べて反応に必要な温度・圧力条件が低い。 H 1 3 + H 1 2 ⟶ He 2 4 + n {\displaystyle {\ce {^3_1H + ^2_1H -> ^4_2He + n}}}

そのため、1952年の核実験にてエニウェトク環礁の一つの小島を消滅させた水爆の原理の中では、D-D反応を起こすための中間の起爆反応として用いられた[23]。現在では、三重水素は、ITERをはじめとする核融合実験炉においては核燃料として研究されている。
トリチウムの生成

三重水素(トリチウム)は原子炉においては、炉内の重水(HDO)の二重水素(D)が中性子捕獲することでトリチウム水(HTO)の形で生成される。


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