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三田 紀房
生誕 (1958-01-04) 1958年1月4日(66歳)[1]
日本・岩手県北上市
国籍 日本
職業漫画家
ジャンル青年漫画
代表作『ドラゴン桜』
『クロカン』
『アルキメデスの大戦』
受賞2005年:第29回講談社漫画賞
2005年:文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞
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岩手県北上市出身。血液型B型。岩手県立黒沢尻北高等学校を経て、明治大学政治経済学部卒業。大学の体育会に至るまでの剣道競技経験を持ち、その経験は初期の作品『空を斬る』に色濃く反映されている他、村上もとかの代表作である『六三四の剣』に影響を与えるにも至った(『六三四の剣』は三田の故郷である岩手県が舞台でもある)。 大学4年生の盆過ぎに初めて就職相談を行った結果、流通業界しか採用活動をしていなかったことから、大学卒業後はそのまま西武百貨店へ就職した。しかし1年後、2つの衣料品店を経営していた実父が、店の業績が芳しくない中で体調を崩してしまったことから、退職して岩手の実家に戻り、兄とともに家業を手伝う。 経営不振に悩む中、家業を継いでから2年後に父は病死、その後、1億円近い多額の借金の存在も明らかになり資金繰りに苦しむことになる。店の経営に悩む中、漫画雑誌の新人募集の広告が目に留まり、賞金を得ようと漫画の製作・新人賞応募を即決。親交があった村上もとかに作品を評価してもらいながら独学で投稿作を完成させ、3社に応募した。 30歳の時、講談社の第17回ちばてつや賞一般部門に入選する。「紙になんか書いて50万とはワリがよい」と6年続けた支店をすぐに閉店、再び上京し、漫画家としては遅いスタートを切った。アシスタントとしての経験がないばかりか、学生時代に創作活動をしていたわけでもない。 スポーツ漫画、特に野球漫画で徐々に頭角を現したが、仕事は細々であったため、生活はギリギリの状態であった。そんな中、『漫画ゴラク』の編集者の「アンケートで1位をとろう」という激励が転機となり、自らアンケート結果などを研究し、「売れる漫画」のパターンを研究するようになる。 その後、2003年より『モーニング』で連載を開始した、「東大受験」をモチーフにした異色作『ドラゴン桜』が大ブレイクのきっかけとなり、2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。
三田 紀房(みた のりふさ、1958年1月4日[1] - )は、日本の漫画家。
人物
生い立ち
大学卒業後
デビュー後
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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