三田啓貴
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三田 啓貴

名前
愛称
タマ[1][2]
カタカナミタ ヒロタカ
ラテン文字MITA Hirotaka
基本情報
国籍 日本
生年月日 (1990-09-14) 1990年9月14日(33歳)
出身地東京都世田谷区
身長173cm
体重63kg
選手情報
在籍チーム 横浜FC
ポジションMF
背番号25
利き足左足[3]
ユース
2000-2002バディSC
2003-2005FC東京U-15深川[注 1]
2006-2008FC東京U-18
2009-2012明治大学
クラブ1
年クラブ出場(得点)
2012-2016FC東京 60 (5)
2016→ベガルタ仙台 (loan) 31 (4)
2017ベガルタ仙台 33 (5)
2018-2019ヴィッセル神戸 47 (7)
2019-2022FC東京 88 (3)
2023-横浜FC 31 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年2月18日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

三田 啓貴(みた ひろたか、1990年9月14日 - )は、東京都世田谷区出身[3]プロサッカー選手Jリーグ横浜FC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
来歴
プロ入り前

小学校の校庭で練習していたところ、同校に通う武藤嘉紀の父が三田のプレーを目に留めてバディSCへと勧誘[4][5]。小学校4年生の時に友達に誘われて同クラブでサッカーを始めた[6]

2003年よりFC東京の下部組織に加入。倉又寿雄によって左サイドハーフからボランチへとコンバートされ、守備意識を厳しく叩き込まれた[5]。当時はトップチームのFWササ・サルセードに憧れていた[注 2]2008年の日本クラブユース選手権 (U-18)大会では、準々決勝、準決勝、決勝で3試合連続得点を記録し、チームの優勝に貢献。MVPにも選出された。この活躍により、トップチーム監督の城福浩はトップ昇格を熱望したが、春の時点で明治大学からオファーを受けていたために断念することとなった[5]。同期は岩渕良太山村佑樹畑尾大翔藤原広太朗山崎侑輝井上亮太平野又三、など。

2009年、岩渕、山村と共に明治大学へ進学し[8]サッカー部に所属。同年の天皇杯では、監督の神川明彦曰く「大舞台に強い」と1年生ながら先発に抜擢され[9]J2・湘南、J1・山形とJリーグ勢を相手に得点を重ねて[注 3]4回戦進出に貢献した。プロを目指していない選手も多い環境の中でなかなか力を出し切れずにいたが、2学年先輩にあたる山田大記の練習に取り組む姿勢に影響され、徐々に責任感あるプレーを発揮[5]。2011年より山田から背番号10を受け継ぎ[12]中心選手として活躍。同年の大学選手権ではベストMFに選出された[13]
FC東京

2012年7月、FC東京特別指定選手として登録された[14]磐田なども獲得を図っていたが[15][16]同月中に2013年からのFC東京加入内定が発表された[3]。同年8月のJ1第22節大宮戦でJリーグ初出場。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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