万博公園
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この項目では、1970年大阪万博の跡地について説明しています。その他の用法については「万博記念公園 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

日本万国博覧会記念公園
東の広場と桜並木(紅葉)
分類公の施設
所在地 日本大阪府吹田市千里万博公園 Wikimedia maps を表示.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}万博記念公園 (大阪府) 大阪府地図を表示
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度48分34.28秒 東経135度31分56.67秒 / 北緯34.8095222度 東経135.5324083度 / 34.8095222; 135.5324083座標: 北緯34度48分34.28秒 東経135度31分56.67秒 / 北緯34.8095222度 東経135.5324083度 / 34.8095222; 135.5324083
面積264ヘクタール
開園1972年3月15日
設計者吉村元男
運営者大阪府
設備・遊具日本民芸館
陸上競技場
野球場他
アクセス#アクセスを参照
事務所万博記念公園管理事務所
公式サイトhttps://www.expo70-park.jp/
テンプレートを表示
太陽の塔日本庭園鉄鋼館(EXPO'70パビリオン)イルミナイト万博2009Panasonic Stadium Suita大阪日本民藝館平和のバラ園国立民族学博物館

万博記念公園(ばんぱくきねんこうえん)は、大阪府吹田市にある日本万国博覧会記念公園(にほんばんこくはくらんかいきねんこうえん)の通称。1970年に開催された日本万国博覧会(大阪万博)の跡地を整備した公園[1]、万博公園(ばんぱくこうえん)とも呼称される。

公園の管理主体は、財団法人日本万国博覧会記念協会→独立行政法人日本万国博覧会記念機構→大阪府と推移してきた。1972年3月15日の日本万国博覧会一般公開2周年の日にエキスポランド自然文化園の第1期及び日本庭園・大阪日本民藝館などを公開して開園した。その後、自然文化園が第3期に分けて整備・公開され、国立民族学博物館が開設される一方、開園後に閉鎖された施設もある。
建設の経緯

大阪万博の会場跡地利用については、大阪府、大阪市、政府各省などから、さまざまな構想が提出された。スポーツ施設、リクリエーション施設、森林公園、文化公園、世界環境機関(WEO)[2]誘致、国連大学誘致、政府倉庫、労働教育センター、郵便専用駐車場、公務員宿舎、モデル市街地、情報センターなどである。

大阪府は、中心部の展示地区と日本庭園を含む130万平方メートルを「万国博記念公園」とし、エキスポランドと東、南の駐車場を含めた65万平方メートルに、青少年のためのスポーツ、リクリエーション施設をつくることを提案した。中馬馨大阪市長は、万博開催決定当初から、跡地を森林公園とすることを主張していた[3]

財界などからは、大学研究機関が集中的に立地する研究学園都市の構想。国の行政機関が立地して、有事の際に首都東京に代わって機能するくらいの規模を備えた日本第二の行政府にするという案もあった[4]

万博会場跡地は、名神高速道路中国自動車道のいずれにも近い交通の要衝であることから、大阪府を中心に提案されたのは、流通センター・トラックターミナル設置構想だった。これに対して、中馬の自然公園構想は、経済効果では比較にならないほど劣る。しかし、大阪市役所は、中馬の理念のもとに結束し、関西経済連合会大阪商工会議所を中心とする大阪の経済五団体も、公園案を支持した。

中馬は1967年2月に、佐藤栄作内閣総理大臣に対して、次のように述べた。

いったい東京には、大美術館があり、大博物館があり、近代美術館、西洋美術館があります。オリンピック(引用者注:1964年東京オリンピック)の建物もたくさん残っています。明治神宮も全国民が協力して作りました。全部国民の負担で作り、それもみんな、東京に集中しているではありませんか。大阪に、国がつくった文化施設に何があるとお考えですか。西日本の国民に対しても、この機会に公平な配分をするべきです。増加する一方の都市人口には、それにふさわしい自然の恵みを与えなければ人間性を干からびさせます。次の世代への我々への贈り物、大いなる遺産とするか、自然を失った都市を残すか。


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