一票の格差(いっぴょうのかくさ)とは、同一の選挙で選挙区ごと有権者数あるいは人口数が異なることから、1票の価値あるいは選挙区民一人ひとりの価値が異なることを指摘する言葉[1]。報道機関では「1票の価値」とも表現され、裁判所の判決文や総務省発表資料等では「投票価値の較差」「投票価値の不平等」とも表現されている[2]。 一票の価値が小さい選挙区では、価値の大きい選挙区で当選した候補者以上の票を得ていても落選するような事態が、一票の格差の象徴的事例のように取り上げられることがある[注 1]。一票の格差が大きいほどある選挙区で当選した候補者以上の得票をしても別選挙区では落選するような傾向が起こりやすいことは事実ではあるが、何票を取れば当選・落選するという観点はあくまで副次的・二次的な問題にすぎない。一票の格差が極限まで小さい場合でも、有権者数や投票率、無効票による投票総数の違いや候補者数の多寡[注 2]によって当落の票数は変動するため、ある選挙区で落選した人より少ない獲得票でも別の選挙区では当選する事態が発生しうる。 「一票の格差」における本質は、議会の裁量が選挙制度における一般的な合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときや限界を超えている場合の、議会の権限と責任において解決すべき問題に対する不作為を指摘し、有権者への権利侵害を問題視するものである。政治家が、自分たち(の選出した人と)で選挙区を区分することに際して、そこに多数決の弊害による恣意が発生していないかが問題とされる。通常は、人口や有権者数は常に流動するものであるから、選挙区を区分する選挙で一票の価値の差が完全になくなることはまずない。多くの国では一定の年数ごとに区割りを見直すことが法制化され、その年限以内に発生した価値の差程度は容認するものとしているものの、その事務の煩雑さも含めて問題とされている。行政区から独立した選挙区の設定を認めると、区割りの自由度が格段に増大することで格差を劇的に縮小できる反面、恣意的にゲリマンダーを行ったり、その疑いを持たれることも多くなる。逆に、中華人民共和国では、1995年の選挙法
法的根拠の未整備による問題点
このように、問題となる格差・ならない価値の差は各国の法運用によって異なり、格差自体は問題にならなくても、格差を測る基準を定める法運用が問題視されることがある。中華人民共和国では、格差自体は問題にならなかったが、格差問題の有無を判断する法運用の方が問題とされ、2010年に農村と都市の間の格差を是正する法運用に改められた。
区割りの指標
人口数
比較調査した60か国のうち53%が指標としている[3]。選出議員および非有権者(子供など)を含む全ての住民(国民)の代表
日本では「都市部有権者への権利侵害」と批判する言葉としても用いられる[注 3][6][7][8][9]。都市部への人口流入・地方の人口減が止まらず、都市と地方の人口格差がさらに広がっている中で一票の格差是正するには地方の議員削減・都市部の議員増加をしていくことになるため、是正反対派は「地方切り捨て」と反対している[10][7][8][11][9][12]。だが、日本国憲法第43条に議員は「全国民を代表する選挙された」者と規定されているため、それを改正しない限り反対意見があっても避けて通れない。
また、日本では、選挙制度の法制化の不十分さや税金の使途の不透明さなど、議員定数や歳費にも関連して、選挙そのものへの不信感が大きく、1972年12月の衆院選で1976年4月に違憲判決が出る以前より、何度も国政選挙の違憲無効確認が提訴されている。衆議院・参議院は、これまで人口(有権者数)が多い地域での議員選出数を増加させたり、人口(有権者数)が少ない地域での議員選出数を減少させたり、区割りを変更したりして一票の格差を是正することに取り組んできた。しかし、政党や国会議員の利害が絡む問題であり、選挙制度改革とも関連して、調整は必ずしも容易ではないため、十分な調整がなされていないと指摘され、抜本的な対策をおこなうべきとする意見もある。
1976年4月30日の東京高裁判決では、一票の格差に絡む選挙訴訟について『「投票の価値」とは、選挙人の投票する権利の価値を選挙人の側から評価した概念であると解することができるところ、それは、畢竟、選挙人の投票が自己の選出しようとする候補者の当選をもたらす可能性の度合い(逆にいえば、死票とならない可能性の度合い)であるということができる』としており、いかにして死票を減らすかという政治的課題についても言及している[13][14]。
2009年以前と以降とで、最高裁判所の判断に変化が見られる。2009年以前は著しい格差(衆議院で3倍、参議院で6倍ほど)のみを違憲ないし違憲状態としていたが、2009年以降は、一票の格差是正を積極的に促す判決を下していて、その全てが違憲状態の判決である[15]。ただし、定数配分を違憲ないし違憲状態とする判決においても、事情判決の法理によって、選挙そのものは有効と判断されている[15]。なお、投票価値の不平等が一般的に合理性を欠く状態が違憲状態であり、これが合理的な期間内に是正されない場合に違憲であるとされている。また、2009年以前は一票の格差を問題視する住民は最大格差となっている選挙区で一票の格差を訴訟を提起していたが、2009年以降は一票の格差を問題視する住民は最大格差となっている選挙区のみの訴訟だけではなく、各高等裁判所管内の選挙区でも一票の格差の訴訟を提起し、各高裁において違憲又は違憲状態判決の数を背景に最高裁に判断を迫るという手法を取ってきている。公職選挙法第33条の2第7項で一票の格差に関する無効訴訟中は補欠選挙が行えないが、訴訟対象の選挙区が多くなったため、補欠選挙が早期に実施できない事態を招きやすい結果となっている。