一刀流中西派(いっとうりゅうなかにしは)は、日本の剣術の流派。小野派一刀流の分派の一つ。 小野家第4代・小野忠一
目次
1 歴史
1.1 系譜
2 特徴
3 中西道場で一刀流を学んだ人物
4 参考文献
5 関連項目
歴史
現在は高野家が一刀流中西派宗家を称している。 なお、これらの人物は自流を建てた者以外は全員小野派一刀流を名乗っている。「Category:中西派一刀流剣術」も参照
特徴が宝暦年間(1751年 - 1763年)に防具を改良し、竹刀稽古を導入したことが大きな特徴である。竹刀稽古の導入により一刀流中西派は急速に広まり、現代剣道の母体となった。
中西道場で一刀流を学んだ人物
寺田宗有 - 竹刀稽古の導入に反対して中西道場を去ったが、後に藩命により復帰し、形稽古のみで免許を与えられた。天真一刀流
白井亨 - 中西道場を経て寺田宗有に入門し、天真一刀流を継承。のち天真白井流を創始した。
高柳又四郎 - 寺田宗有、白井亨と並び中西道場の三羽烏と謳われた。
浅利義信 - 中西道場第3代の中西子啓に学んだ。
千葉周作 - 浅利義信の婿養子であったが、組太刀の改変について義信と対立し、北辰一刀流を創始した。
遠藤五平太 - 浅利義信に師事。尾張藩校・明倫堂の剣術師範後見役に招聘された。
浅利義明 - 中西子正の次男であったが、千葉周作と浅利義信が離縁したことにより、義信の養子となった。
高野佐吉郎 - 中西道場出身。
武市瑞山 - 土佐藩で麻田直養に師事。弟子に岡田以蔵がいる。
山岡鉄舟 - 浅利義明に師事した後、一刀流第9代の小野業雄から伝授を受け、一刀正伝無刀流を創始した。
高野佐三郎 - 明治から昭和初期の剣道界で大きな影響力を誇った。早稲田大学剣道部の教え子に笹森順造(後に小野派一刀流第16代宗家を称する)がいる。
参考文献
『月刊剣道日本』1977年3月号、スキージャーナル
『剣の達人111人データファイル』、新人物往来社
関連項目
東京高師五行之形
小野派一刀流
北辰一刀流
一刀正伝無刀流
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更新日時:2018年2月20日(火)19:00
取得日時:2019/08/03 22:21