一人親方
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一人親方(ひとりおやかた)とは、建設業などで労働者雇用せずに自分自身と家族などだけで事業を行う事業主のこと。元々は職人をまとめて仕事ができる能力をもっているという職階をしめす。しかし現代においては労務管理上の問題として取り上げられることが多い。一般的には、建設業や林業に携わる個人事業主をさすが、労災保険の特別加入制度(後述)では、一人親方等として、建設業、林業の他に、職業ドライバー漁業従事者医薬品の配置販売業、廃棄物処理業、船員柔道整復師高年齢者雇用安定法に定める創業支援等措置・社会貢献事業制度に基づいて高年齢者が行う事業、あん摩マッサージ指圧師はり師きゅう師歯科技工士を挙げている[1][注釈 1]。なお、建設業には、大工工事業左官工事業のほかにも、電気通信工事業、しゅんせつ工事業なども含まれる[3]
一人親方と一人親方等

一人親方という言葉とは別に、一人親方等という言葉も存在する。
労災保険の特別加入制度における一人親方等

労災保険の特別加入制度における「一人親方等」は、「労働者を使用しないで、特定の事業(上述)を行うことを常態とする一人親方その他の自営業者およびその事業に従事する人」を指す。
労働安全衛生分野における一人親方等

労働安全衛生分野における「一人親方等」は、上記労災保険の特別加入制度における一人親方等に加え、中小事業主・役員・家族従事者[注釈 2]を含む[注釈 3]
一人親方の数

2019年令和元年)時点において、一人親方である建設技能者[注釈 4]の数は約51万人とされる。これは、建設技能者全体の15.6%を占める[5][注釈 5]
成り立ち

建設業の例でいえば、職人には4つの職階がある(見習い・職人・一人親方・親方)[6]。見習いとして職人への道へ足を踏み入れたのち、技術を習得し職人となる。その職人が独立し、職人を雇入れ、企業としての体裁を構えている段階(法人成りしている)が親方で、単に技術に習熟しているだけでなく、会社を経営し、工事を差配するといったマネジメント業務をこなすことが求められる。一人親方は、親方のひとつ手前の段階である。職人として一人前になったのち、親方の元から独立した段階が一人親方と呼ばれる。独立はしても自身の職人はまだ抱えていない。大工職の場合、一人親方になるまでには10年かかるといわれる[6]。一人親方は職人として雇われる場合もあるし、あるいは、職人グループを率いて工事を差配できるとみなされているので、必要な時だけ職人を雇ってまとまった工事を請け負う場合もある。

一人親方という形態が成り立つのは、その存在が業務の性格にあっているからである。例えば木造の住宅建築を例に挙げると、木工事の他に、土木工事、左官工事外構工事など、それぞれ専門的な技能が要求される様々な工事が建設工事全体をなしている。明治のころまでは、施主が各工事に携わる職人に直接発注し、材料は施主が支給するという形態が多かったと言われている[7]。現代においては、施主は工務店に対し、住宅建設を一括発注することが通常であるが、工務店は様々な専門業者に個々の工事を発注する仕組みは変わらない。また、短期的に多数の職人が必要になる工程があり、その場合も他の業者ないし職人個人を応援に呼ぶ。このように、専門技能を要求されることと、仕事量が工期を通じて一定していないことが、一人親方ないし小規模業者に対するニーズになっている。

一人親方自身から見た場合、従業員として雇用されるより一人親方を選ぶ典型的な理由は「自由に仕事がしたい」「収入を増やすため」である[8]。自身が事業主であるから、ある仕事の依頼が来てもそれを受けるか受けないか、またどのように達成するかは自分できめられるし、契約金額は全て自分の収入になる、ということを典型的には意味している。ただし、近年の傾向として「人が雇えない」「どこも雇ってくれない」という理由で、やむなく一人親方になる場合も増えている[8]。これは従来の一人親方とは違った性格の一人親方が増えていることを示唆している[9]。後者のタイプの一人親方は外注請負という形を取ってはいるものの、報酬は出来高払制ではなく日給月給制で支払われることが多く、被雇用者との線引は曖昧なものとなっている。また、一人親方に高齢者の割合が増えているのも最近の傾向である[10]。この高齢者の割合が増えている傾向は、林業における一人親方にもみられる[11]

事業者が法定福利費等の労働関係諸経費の削減を意図し、労働者性の強い建設工事従事者を一人親方化するケースも多く存在する。国土交通省は、このような労働関係諸経費の削減を意図した一人親方化について「技能者の処遇低下のみならず、法定福利費等を適切に支払っていない企業ほど競争上優位となるなど、公正・健全な競争環境を阻害するのみならず、社会保険加入対策の根幹を揺るがす重要な問題」と認識している[12]
一人親方の労働者性

一人親方は一匹狼の請負大工[13]というように肯定的にとらえることができる。しかし、労務管理の点から問題になる理由は、一人親方は労働基準法上の労働者とはみなされないことにある。

労働基準法では、労働者とは「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」(労働基準法第9条)。一人親方は誰かに使用されているわけでもないし、賃金(労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの。労働基準法第11条)を支払われているわけでもないから、労働者にはあたらない。事業主が顧客から受け取る報酬は、労働の対償ではなく、仕事の完成という結果に対して受け取っているので、同法でいう賃金にはあたらないのである。しかしながら、一人親方が従事している業務の内容は、現実には労働基準法がいうところの労働者と全く変わらないことも多い。

このことは、例えば報酬の支払いというテーマに現れる。日本は批准していないものの、ILO第94号条約[14]の流れをうけて、公契約(国や地方自治体が発注する工事や業務委託の契約)に、それに携わる労働者の賃金などの労働条件の最低基準を契約に盛り込む動きが進んでいる[15]。2009年には千葉県野田市が全国で初めて公契約条例を制定したのだが、その条例がいうところの労働者とは、労働基準法第9条の定めるところの労働者であって、一人親方は含まれていなかった[16]。その後の改訂で、一定の条件を満たす一人親方にも適用されるようにはなったが、事業主としての性格を併せ持つ一人親方は、ほかの労働者と同一視できない場合があるのである[注釈 6]

なお、労働組合法においては、一人親方も労働者として認められる[18]ので、一人親方が労働組合を結成して元請け等に団体交渉を求めたり労働協約を締結することは可能である。

また、中小企業退職金共済制度の一つである、建設業退職金共済制度(建退共)についても、次項の労災保険と同じく、既に建退共に加入している任意組合に加入するか、新たに任意組合を結成して組合が建退共に加入する形で、一人親方も加入できる[19]
一人親方の災害補償

一人親方が労働者とみなされないことについての不都合がはっきり表れるのことがあるケースは、 特に建設業において、一人親方が仕事中に事故にあい、その補償を考える場合である。

事業者が労働者を一人でも使用していれば、事業者は労災保険に加入しなければならない。労働者がパートやアルバイトでも同様である。元請以下数次の請負で事業が成り立っていることが通例である請負事業[注釈 7]でも同様であるが、少ししくみが違う。その事業に携わる労働者は、災害補償については元請に使用されているとみなされ(労働保険徴収法第8条、労働基準法第87条)、元請が一括して労災保険に加入する義務がある(下請が一定規模以上でない限り、一括は自動的に行われる)。いずれの場合にしても業務中ないし通勤中に労働者が事故を起こした場合には、必ず労災保険で補償する仕組みになっている。

しかし、一人親方は労働者とはみなされず[注釈 8]、労災保険の適用範囲に入らない。


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