ヴィリニュス
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この項目では、リトアニアの首都について説明しています。小惑星小惑星番号: 3072)については「ヴィリニュス (小惑星)」をご覧ください。

ヴィリニュス
Vilnius


市旗市章

愛称 : 「北のイェルサレム」「リトアニアのアテネ」
位置

ヴィリニュスの位置(リトアニア共和国
位置
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座標 : .mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯54度41分20秒 東経25度16分50秒 / 北緯54.68889度 東経25.28056度 / 54.68889; 25.28056
歴史
文献に登場1323年
市に制定1387年
行政
 リトアニア
 地方ズーキヤ
 ヴィリニュス郡
 自治体ヴィリニュス都市自治体
 市ヴィリニュス
地理
面積 
  市域401 km2 (154.8 mi2)
人口
人口2019年現在)
  市域587,581人
    人口密度  1465人/km2
  都市圏848,900人
その他
等時帯EET (UTC+2)
夏時間EEST (UTC+3)
郵便番号LT-01001(中心部)

ヴィリニュス(リトアニア語: Vilnius -発音: [?v??l?n??s] ( 音声ファイル)、ポーランド語: Wilno、ロシア語: Вильнюс)は、リトアニア共和国首都で、同国最大の都市である。人口は約58万人。かつてポーランド領だったこともある。バルト三国で唯一海に面していない首都で、バルト海に面したリトアニア主要港のクライペダからは 312 km離れている。

ヴィリニュスは、ヴィルネ川(英語版)・ネリス川沿いに位置し、リトアニアの南東と地理的に偏ったところにある。これは過去数世紀の間に国境の形が変わっていったことと関係している。かつてリトアニア大公国の時代にヴィリニュスは国土の中央にあった。

1994年に旧市街はユネスコ世界遺産文化遺産)に登録された。また、2009年には欧州文化首都に選ばれたこともある。
都市名の表記

リトアニアにおける公用語であるリトアニア語では「Vilnius ヴィルニュス」と表記される。また、ソ連時代にはロシア語で「Вильнюс ヴィリニュス」と表記されていた。

日本語においては、ロシア語表記にもとづいて「ヴィリニュス」と表記されることが多かったが、リトアニアの独立回復以降は、リトアニア語にもとづいて「ヴィルニュス」と表記する例も増えてきている。そのほか、新聞などでは「ビリニュス」や「ビルニュス」とも表記される。

歴史的には、ロシア帝国時代においては当時のロシア語で「ヴィリナ」(Вильна)と呼ばれ、ポーランド第二共和国時代においてはポーランド語で「ヴィルノ」(Wilno)と呼ばれた。また、人口の多くを占めていたユダヤ人からはイディッシュ語で「ヴィルネ」(??????‎, Vilne‎)とも呼ばれた。そのほか、ベラルーシ語では「ヴィルニャ」(Вiльня, Vilnya)、ドイツ語では「ヴィルナ」(Wilna)、ウクライナ語では「ヴィルノ」(В?льно, Vilno)と呼ばれる。
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出典検索?: "ヴィリニュス" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2022年9月)
詳細は「ヴィリニュスの歴史(英語版)」を参照
中世

リトアニア大公国の王ミンダウガスの居城の一つとして、この地に城が作られたのは13世紀であった。ゲディミナス朝の中興の祖・ゲディミナスによって公国の領土は、ベラルーシウクライナ、そしてドニエストル川全域、さらにはポーランドロシアの一部にまで拡大したが、ヴィルナ川(英語版)とネリス川という二つの航行可能な河川が流れ、森林と湿地に守られたヴィリニュスは公国の統治・防衛に好都合で、首都として機能するようになる(1323年、ゲディミナスがローマ教皇ヨハネス22世に宛てた書簡に都として名前が登場する)。

ゲディミナスの子アルギルダスの死後、大公の座をめぐって紛争が起こるとヴィリニュスは戦禍に見舞われる。勝者となったヨガイラは、ポーランド女王ヤドヴィガと結婚し、ポーランド・リトアニア合同が誕生した。ヨガイラによってヴィリニュスはマクデブルク法の自治を獲得する。ヴィリニュスは順調な発展を続け、16世紀に入ると城壁も整備され、ジグムント2世の宮廷もここに移された。ヴィリニュスは公国領の各地から集った多様な民族で殷賑を極めた国際都市へと発展した。1579年にはヴィリニュス大学が創立される。


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