ヴァネッサ・パラディ
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ヴァネッサ・パラディ
Vanessa Paradis
2020年ドーヴィル・アメリカ映画祭にて
基本情報
出生名Vanessa Chantal Paradis
生誕 (1972-12-22) 1972年12月22日(51歳)
出身地 フランス
サン=モール=デ=フォッセ
ジャンルR&Bポップスロック
職業歌手ソングライター女優モデル
活動期間1981年 - 現在
レーベルポリドール・レコードバークレー・レコード
共同作業者レニー・クラヴィッツマチュー・シェディッドバンジャマン・ビオレ
公式サイト ⇒www.vanessaparadis.fr

ヴァネッサ・パラディ(Vanessa Paradis、1972年12月22日 - )は、フランス出身の歌手女優

俳優のジョニー・デップは、かつての事実婚の夫であり、デップとの間に儲けた長女のリリー=ローズ・デップも女優である。
来歴
歌手活動

地元のリセ・マルセラン=ベルテロや、フォントネー=スー=ボワのリセ・パブロ=ピカソに通っていた1987年に、シングル「夢見るジョー」(Joe Le Taxi)で歌手デビューし、フランスで11週連続でナンバー1となる大ヒットを記録。フランス語の曲としては珍しくイギリスのチャートのトップ10にも入った。ファースト・アルバム『マリリン&ジョン』もヒットした。

当時は世界的に10代のシンガーがこぞってデビューし、フランスでもヴァネッサとエルザ・ランギーニはアイドル的な扱いをされた。エルザは正統派アイドルなのに対し、ヴァネッサはロリータ的な雰囲気を持ち、舌足らずな歌声で人気を博すが、あまりに蠱惑的なために、女性やメディアからの激しいバッシングを受けた(時には直接通りすがりの女性たちから暴行を受けることもあった)[1]若き頃(1991年)

1990年にはセルジュ・ゲンズブール・プロデュースの『ヴァリアシオン』、1993年にはレニー・クラヴィッツのプロデュースで『ビー・マイ・ベイビー』をリリースし、世界的にヒットするなど、フランスを代表するシンガーとなる。クラヴィッツとは交際の噂が立った。
俳優活動

叔父である俳優ディディエ・パンの紹介で、7歳の時にテレビ出演している。1989年の『白い婚礼』で映画デビューし、セザール賞新人女優賞とロミー・シュナイダー賞を受賞した。1998年には『ハーフ・ア・チャンス』に出演し、アラン・ドロンジャン=ポール・ベルモンドと共演。1998年にはパトリス・ルコントの『橋の上の娘』で、ダニエル・オートゥイユと共演した。

その後、下記の出産などの理由により、しばらく映画出演はなかったが、2004年にはディディエ&ティエリー・ポワロー兄弟によるSFパニックサスペンス作品『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』で映画に復帰した。

シャネルミュウミュウなどの広告塔にも起用されている。

2016年、第69回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門の審査員に選出される[2]
私生活

1998年にカナダコカイン不法所持容疑で拘束されたことがある。

1998年から俳優のジョニー・デップと交際し、1999年5月7日に長女(リリー=ローズ・メロディ・デップ)を、2002年4月9日には長男(ジョン・クリストファー・“ジャック”・デップ三世)を出産。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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