ローマ皇帝群像
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ローマ皇帝群像(1698年版)

『ローマ皇帝群像[注釈 1]』(ローマこうていぐんぞう、: Historia Augusta)は、117年から284年にかけてのローマ皇帝および簒奪者たちの伝記集で、ヒストリア・アウグスタと呼ばれるケースも多い。

同書は「Scriptores Historiae Augustae」として知られる6人の歴史家(アエリウス・スパルティアヌス、ユリウス・カピトリヌス、ウルカキウス・ガッリカヌス、アエリウス・ランプリディウス、トレベッリウス・ポッリオ、フラウィウス・ウォピスクス)らが、ローマ時代に執筆した歴史書が原本であるとされている。だが本当の著者が誰であるのか、何時書かれた歴史書なのか、その信憑性を疑問視する指摘が古くから行われている。

加えて同書に対する批判として、内容の多くに誇張や誤りが含まれている点が挙げられる。こうした「ヒストリア・アウグスタ」の誤った記述の中には、全く根拠の無い虚偽まで含まれている。

これらの明白な問題を抱える歴史書にもかかわらず、「ヒストリア・アウグスタ」は現在もローマ史の研究者にとって好む好まないを問わず、参照せざるを得ない重要史料の一つに留まっている。何故なら同書が記述する時代の歴史書の多くが散逸してしまっており、信憑性が疑わしくとも同書を用いざるを得ないという側面があるからである。
概要
著作名と伝記の範囲

「ヒストリア・アウグスタ」は本来、1603年に古典学者イザーク・カゾボン(英語版)が、ミラノ1475年に出版された初版を再編幕した際に改題した物である[1]。元となった原本は前述の通り、古代ローマ時代の人物によって書かれたとされるが、実際に編纂された時代や地域は不明である。少なくとも西ローマ帝国崩壊後の6世紀から10世紀に掛けて幾つかの文献で引用された形跡が残っている[2]。アエリウス・スパルティアヌス、ユリウス・カピトリヌス、ウルカキウス・ガッリカヌス、アエリウス・ランプリディウス、トレベッリウス・ポッリオ、フラウィウス・ウォピスクスら「6人の著者」は記述の内容からディオクレティアヌスコンスタンティヌス1世時代の人物と判断されている。

ハドリアヌスからヌメリアヌスまでを扱う同書は、ピリップス・アラブスデキウスマルクス・アエミリウス・アエミリアヌスといった軍人皇帝をウァレリアヌスの治世末期を除いて記述している。実際にはネルウァトラヤヌスの記述も含まれているが、スエトニウスの伝記と近似している事から転用が疑われている。また短命か、もしくは存在が疑われる簒奪者に記述を割いている一方でフロリアヌスなど何人かの実在する皇帝について無視されているなど、記述内容に偏りが見られている。

この様な問題点は300年来に亘って何度も指摘されていたが史料不足から重用され、帝政ローマに対する歴史観に多大な影響を与え続けた。エドワード・ギボンもその一人であり、彼の代表作「ローマ帝国衰亡史」はヒストリア・アウグスタを参照して書かれた部分が多数存在する。今日の歴史学者達の多くは同書の疑わしさを十分に理解してこの著作を使用すべきと判断しているが、それでも一部の学者は同書を全面的に支持し続けている[3]
年代と著者についての論争

1889年、ドイツの歴史学者ヘルマン・デッサウは同時代人による執筆ではなく、全てが帝政ローマ末期(4世紀後半)の著作であるとした。また6人の著者についても執筆年代を偽装する為の架空の人物に過ぎず、一人の作家が全文を執筆したものだと断定した[4]。根拠として、「セプティミウス・セウェルス伝」はアウレリウス・ウィクトルの著書を写して記述されており、また「マルクス・アウレリウス伝」はエウトロピウスの『建国以来の歴史概略』を使って書かれている可能性を例示した。ヘルマン・デッサウの記述まで同著はより古い著作で、また複数人による執筆と固く信じられていた。多くの歴史家達はデッサウの批判に猛烈な反発を示して、数十年間に亘って激しい議論が繰り広げられた。

1890年という議論の比較的早い段階でテオドール・モムゼン帝政ローマ末期という説を肯定した[5]。ノルマン・ベイネス、ロナルド・セイムらローマ史の大家が否定派・肯定派に分かれての議論は概ね時代が皇帝達より後の時代に執筆された事を肯定している(フリギドゥスの戦いがあった4世紀末期が通説であるが、4世紀中期成立説や5世紀以降成立説まで諸説が存在する[6])。また、執筆人数も単独であった可能性が高いと見られており、小ニコマコス・フラウィアヌス(フリギドゥスの戦いでエウゲニウス方について敗れた)のような特定の個人を著者と推定する説や現在では逸名となった学者や役人、教師などの著者像を想定する説も出されている[7]。しかし、デッサウ以来の説を否定してコンスタンティヌス1世時代成立説を堅持する説や著者複数説を主張する論者もいる為、文体の考察などから未だに議論が続けられており、コンピュータ解析など最新の知見が用いられているが結論は出ていない。
「主要評伝」と「補足評伝」

「ヒストリア・アウグスタ」の特徴の一つとして皇帝だけでなく、帝位請求者や帝位を継げなかった後継者についての伝記(補足評伝)を含めている点が挙げられる[8]ルキウス・ウェルスアエリウス・カエサルアヴィディウス・カッシウスペスケンニウス・ニゲルクロディウス・アルビヌスゲタディアドゥメニアヌスなどが典型例である。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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