ロータリーエンジン(英語: rotary engine)は、機体に固定されたクランクシャフトを中心にエンジン本体がプロペラと一緒に回転する空冷星型エンジンである。初期(1908年 - 1918年頃)の飛行機に用いられた。ロータリー・レシプロエンジンあるいは回転式エンジンとも呼ばれる。 ロータリーエンジンは、星型エンジンのクランクシャフトを機体に固定し、エンジン全体が回転する形式のレシプロエンジンで、プロペラ軸はクランクケースに固定される。150馬力程度までのエンジンに使われた[1]。ローラン・セガン
解説
1910年代初頭においては他の航空用エンジンと比べて馬力あたり重量がはるかに少なかったため、世界記録のほとんどが当形式のエンジンをつけた航空機で占められた[3]。
特徴下半が切り欠かれたフォッカー Dr.Iのカウリング
ロータリーエンジンは、トルク変動を吸収するフライホイールの役割をエンジンそのもので担うことで軽量化でき、エンジンが自ら回転することでシリンダーの冷却が均等に行えたため、エンジンが低出力、低回転だった時代には水冷エンジンよりも軽量とすることができた。このエンジンの1910年代における馬力あたり重量は1.3kg程度で、1.5?3.0kgの他形式に対して極めて有利だった[4]。
固定式の星型エンジンが剥き出しだった第一次大戦当時、ロータリーエンジンはすでに近代的なカウリングを備えていたが、これはエンジンの回転に伴って飛散する潤滑油を抑えるのが主目的だった[4]。潤滑油が貯まって火災を招かないよう、下半分が切り欠かれたカウリングが外見の特徴になっている。 ジャイロ効果によって水平飛行から旋回へ移る際に大きな力を必要とし、一旦傾くと傾き続ける癖があった[1]。また、スロットルがつけられないため、出力調整には燃料と空気の混合比をかえる面倒な操作をせねばならず、素早い調整には「ブリップスイッチ」によるエンジンのオン・オフが多用されたが、この操作による故障を起こしやすかった。離着陸や操縦が難しい機体になる(これによりソッピース キャメルでは事故が多発した)短所があった。 ジャイロ効果を打ち消すため、ギヤを用いてプロペラの回転方向とエンジンの回転方向を反転させたジーメンス=ハルスケエンジンも開発されたが、整備に手間がかかるなど実用性に劣るものであった[5]。 また、遠心力により各部に負荷がかかるため高出力化(高回転および大型化)に限界があり、第一次世界大戦後の1920年代には冷却効果の高いアルミニウム製シリンダーヘッドを持つ固定式星型エンジンや高出力の水冷エンジンとの馬力競争に敗北し旧式となった。この時代の航空用エンジンは熱伝導率の高い材質、シリンダーとシリンダーヘッドの分離、より緻密で背の高い冷却フィン[注釈 1]など、新技術の導入による改良により新型の空冷星型エンジンが続々と登場している。 エンジンの回転によって強い遠心力が加わるため潤滑油の循環が難しく、飛散により燃料と同程度のオイルを消費するため、経済的には効率が悪かった。飛散する潤滑油がゴーグルに付着するため、パイロットはマフラーで拭き取っていた[6]。飛散しないエンジンを使用するようになっても防寒用や止血帯としてマフラーを常備するようになった。潤滑油としてヒマシ油が使われていたため、飛散した油滴を吸い込むことでパイロットの下痢が多発した[要出典]。 19世紀末から回転式エンジンを用いた自動車やオートバイがいくつか製作され、販売されたものもあった。1890年代にステファン・バルツァー (Stephen Balzer, 1864-1940) により自動車用ロータリーエンジンが製作された。1904年にイギリスのRedrup(en:Charles_Benjamin_Redrup
欠点
自動車やオートバイでの利用インホイールエンジンとして回転式エンジンを採用したMHV_MegolaRevoPower wheel
脚注
注釈^ 薄く面積の大きなフィンはエンジンの振動によって割れやすいため、製造が難しかった。
出典^ a b ライフサイエンスライブラリー 1967, p. 116-117.
^ 日野自動車の100年 2010, p. 16.
^ 木村 1954, p. 124具体的には1910年から1913年まで
^ a b 木村 1954.