ロボット工学三原則
[Wikipedia|▼Menu]

ロボット工学三原則(ロボットこうがくさんげんそく、英語: Three Laws of Robotics)とは、SF作家アイザック・アシモフのSF小説において、ロボットが従うべきとして示された原則である。ロボット三原則とも言われる。「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則から成る。アシモフの小説に登場するロボットは常にこの原則に従おうとするが、各原則の優先順位や解釈によって一見不合理な行動をとり、その謎解きが作品の主題となっている。

本原則は後の作品に影響を与えたのに加え、単なるSFの小道具にとどまらず現実のロボット工学にも影響を与えた。
概要
第一条ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
? 2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版、『われはロボット』より
[1]

ロボット工学三原則(以下、三原則)は「ロボットシリーズ」と呼ばれるアイザック・アシモフのロボット物SF小説の主題として表れた。アシモフ以前のSF作品には現在ではフランケンシュタイン・コンプレックスと呼ばれるテーマ、すなわちロボットが造物主たる人間を破滅させるというプロットがしばしば登場していた。これに対しロボットの安全装置として機能するのがロボット三原則である。作中において三原則はミステリの構成要素となっている。しばしば、ロボットは一見不合理な行動をとるが、その謎は三原則に沿って解き明かされていく。

現実の応用においては、現在のロボット工学における理解では三原則をそのままロボットに適用するとフレーム問題を引き起こすと推測されている。

現代のコンピュータには、これらの原則をプログラミングする事自体が不可能である。

三原則を安全・便利・長持ちと読み替えることで家電製品にも適用できることが知られている[2]。また人間の道徳律にもあてはめることができる。三原則の理念はその後のロボット作品に影響を与え、ロボットやサイボーグなどがアイデンティティーの確立や人間との接し方などでジレンマを感じ苦悩するといったテーマの題材ともなった。

アシモフは三原則だけでは解決しえない命題も提示している。『ロボットと帝国』では第1条の人間を人類に置き換えた第零法則が登場した。そこからは「人間」とは、「人類」とはなにかと言う問いも生まれる。

ロボット三原則が適用されるのは自意識や判断能力を持つ自律型ロボットに限られており、ロボットアニメに登場する搭乗型ロボットなど自意識や判断能力を持たない乗り物や道具としてのロボットに三原則は適用されない。現実世界でも無人攻撃機などの軍用ロボットは人間の操作によって人間を殺害している道具であるが、自意識や判断能力を持たないため三原則は適用されていない。
成立の経緯

この三原則の成立には、SF作家及びSF雑誌編集者のジョン・W・キャンベル Jr.が大きく寄与している。アシモフがロボットテーマ短編『ロビイ』、『われ思う、ゆえに……』(『われはロボット』所収)を書き上げたとき、アシモフ本人は三原則をまったく意識してはいなかった。しかし、この作品をキャンベルに読ませたところ、キャンベルはロボットが一定の規範の下に行動していることを洞察、指摘し、三ヵ条にまとめた。これを基にし、キャンベルとアシモフの討議の後に生まれたのがロボット三原則だと言われている。なお、キャンベルがこのように作品世界に深くかかわったのは当時キャンベルがアシモフの担当編集者でかつ先輩作家としてアシモフを指導する師父的立場にいたためである。

アシモフが自らのロボット物にこうした行動の規制を設けた最大の動機は、短編集『ロボットの時代』で自ら語っているところによれば、『フランケンシュタイン』や『R.U.R.』から延々と繰り返されてきた「ロボットが創造主を破滅させる」というプロットと一線を画すためであったとされている。また、「ナイフに柄が付いているように、人間の製作物なら何らかの安全装置があって然るべき」「確かに科学技術は危険を孕んでいるが、それを放棄して猿に戻るのではなく英知をもって克服すべきである」とも述べており、このあたりに合理主義者・人道主義者のアシモフらしさがうかがえる。またアシモフは、本則がしばしば「アシモフの法則」と呼ばれていることに対して、自分は科学者の端くれでもあるので架空の科学分野における架空の法則で後世に名前を残すのは本意ではなく、将来現実のロボット工学が発達して三原則が実用されれば真の名声を得られるかも知れないが、どのみち自分の死後のことであろうとも述べている(その後のロボット工学の急速な発展にもかかわらず、彼の死によってその言葉通りになってしまった)。
三原則とSFミステリ

アシモフはミステリ作家としても活躍しており、SFもミステリの要素を持つ作品が多い。特にロボット物はその傾向が強いが、これは本来SFの自由な気風がミステリの約束事にそぐわない(例えばトリックに読者のあずかり知らぬ超技術を持ち出されては、ジャンルとしてのミステリとして成立しない)のに対し、ロボット物は三原則という大前提のおかげで比較的容易にミステリ的シチュエーションを構築し得ることが大きい。

われはロボット』『ロボットの時代』の短編群の多くは、ロボットが一見して三原則に反するような行為を行う事件が起こり、その謎をスーザン・カルヴィンやパウエル&ドノバンのコンビらが解明していく内容となっており、その過程が一種のミステリとなっている。

これをさらに発展させたのが、SFミステリの傑作として名高いロボット長編『鋼鉄都市』と続編『はだかの太陽』である。いずれも三原則によって人を殺せないはずのロボットが殺人の容疑者として浮上し、真犯人が三原則を逆用して仕組んだトリックを刑事イライジャ・ベイリR・ダニール・オリヴォーが解明していく。
現実の工学分野における適用の可能性

人間とロボットという主従関係で書かれているが

安全(人間にとって危険でない存在)

便利(人間の意志を反映させやすい存在)

長持ち(少々手荒に扱ったくらいでは壊れない)

という、家電製品に代表される道具一般にもあてはまる法則であることが、日米のファンらによって指摘されている[3]。また、人間の道徳律にも当てはまると、アシモフ自身が作中で述べている[4]
ロボット工学

実際のロボットにこの三原則を実装できるかという問題についてはフレーム問題という大きな障害がつきまとう。ロボットは、どんな行動が人間に危害を加える可能性があるかを判断するために周囲の状況とその帰結をすべて予測しなくてはならない。そのためには、人工知能の搭載すべき知識ベースと思考の範囲が際限なく大きくなってしまうのである。

たとえば、火災に巻き込まれた人間を発見した際に「自分は引火性の燃料を使用している」「火災現場は高温」「高温下では引火性燃料は爆発することがある」「付近で爆発が起きると人間は負傷することがある」という知識をもとに、自分は直接助けに行かず応援を呼ぶ、という判断を下す必要がある。

三原則はロボットが人間を殺害したり反乱を起こしたりする事態を回避するために架空世界で設定されたものだが、現実には戦場での人的損失を防ぐために人間の兵士に代わって偵察や攻撃を行う軍事用ロボットが現実のものとなりつつある。例えば、すでに実用化されている火器を搭載した無人航空機(UAV)の発展の結果、自律的に「敵」を識別して攻撃を加える可能性もある[5]

一方で批判的な立場もあり広瀬茂男は「ロボットが生物と同等の欲求を持つことを前提に三原則を与えたことが人々にロボットが革命を起こすなどの懸念を抱かせた」として、三原則ではなくあくまで機械としての行動律が必要だと提唱している[6]。比喩表現であるマスタースレーブをロボットが奴隷であると混同すべきでないのと同様[7]、三原則は人間とロボットを緊張関係に位置付ける誤解に立脚している[8]。ロボットが新種の生物として進化していくというのが、三原則の前提にある誤解である[9]。壊れる前のメカニズムや記憶がバックアップ可能なロボットに死はなく、生存欲を持つ必要はないので、支配欲も持つことはない[10]非ゼロサムゲームの代表である囚人のジレンマにおいて進化論的に安定な解は武士道にも通じるしっぺ返し戦略であることから、道徳律の本質が社会システムの対極的最適化であると言え、[11]ロボットの行動規範も道徳感情数理工学の範疇であると考えられる[12]

以下のような応用事例がある。

ソニーのペットロボットAIBOに対して実際に応用された原則が存在する[13]

千葉大学2007年11月21日に制定した「千葉大学ロボット憲章」は千葉大学におけるロボット教育・研究開発者にこの三原則を「永久的遵守」として大学を離れた後も遵守することを研究者に求めている[14]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:74 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef