ロベール・ドルレアン_(シャルトル公)
[Wikipedia|▼Menu]

ロベール・ドルレアン
Robert d'Orleans


称号シャルトル公
出生 (1840-11-09) 1840年11月9日
フランス王国パリ
死去 (1910-12-05) 1910年12月5日(70歳没)
フランス共和国、サン=フィルマン
埋葬 フランス共和国ドルー、王室礼拝堂
配偶者フランソワーズ・ドルレアン
子女一覧参照
家名オルレアン家
父親オルレアン公フェルディナン・フィリップ
母親ヘレーネ・ツー・メクレンブルク=シュヴェリーン
テンプレートを表示

ロベール・フィリップ・ルイ・ウジェーヌ・フェルディナン・ドルレアン(Robert Philippe Louis Eugene Ferdinand d'Orleans, duc de Chartres, 1840年11月9日 - 1910年12月5日)は、フランスの元王族。軍人。王太子・オルレアン公フェルディナン・フィリップの次男で、国王ルイ・フィリップの孫、王位請求者パリ伯フィリップの弟。シャルトル公。
生涯

1840年パリ生まれ。アメリカ南北戦争で北軍側に、そして1870年には普仏戦争に参加した。1863年ロンドン郊外のキングストン (Kingston-on-Thames) において、叔父ジョアンヴィル公フランソワ・ドルレアンの娘で従妹のフランソワーズ・ドルレアンと結婚した。

1886年、彼はフランスを追放された。

1910年、サン=フィルマン(Saint Firmin:オート=アルプ県コミューン)で死去した。
家族

ロベール・ドルレアンは、妻フランソワーズとの間に5人の子をもうけた:

マリー・アメリー・フランソワーズ・エレーヌ(1865年 - 1909年) - 1885年にデンマーク王クリスチャン9世の息子ヴァルデマー王子と結婚した。

ロベール・ルイ・フィリップ・フェルディナン・フランソワ・マリー(1866年 - 1885年)

アンリ・フィリップ・マリー(1867年 - 1901年)

マルグリット・ルイーズ・マリー・フランソワーズ(1869年 - 1940年) - 1896年にマジャンタ公マリー・アルマン・パトリス・ド・マクマオン(パトリス・ド・マクマオン大統領の息子)と結婚した。

ジャン・ピエール・クレマン・マリー(1874年 - 1940年) - ギーズ公。オルレアン家家長を継ぐ。

著書

Histoire de la guerre civile en Amerique ? 7 Bande. Paris: 1874?87

外部リンク

Quellen aus Gotha

典拠管理データベース
全般

FAST

ISNI

VIAF

国立図書館

フランス

BnF data

ドイツ

イスラエル

ベルギー

アメリカ

オランダ

バチカン

芸術家

オルセー美術館

その他

SNAC

IdRef


記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:7846 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef