ルー・ゲーリッグ病
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筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、英語: amyotrophic lateral sclerosis、略称: ALS)は、上位運動ニューロン下位運動ニューロンの両者の細胞体が散発性・進行性に変性脱落する神経変性疾患であり、運動ニューロン疾患のひとつである。ニューロンは神経単位または神経元ともよばれ、細胞体、樹状突起および軸索から構成される。筋萎縮性側索硬化症で変性する主体はニューロンの細胞体であり、軸索樹状突起の脱落は細胞体の変化に伴う二次的な事象である。運動ニューロンの軸索変性のみでも運動ニューロン疾患と区別ができない表現形をとるが、これはニューロパチーであり運動ニューロン疾患とはいわない。
疫学

日本における筋萎縮性側索硬化症の発症率は年間10万人あたり1.1?2.5人であり、有病率は10万人あたり7?11人である。そのうち家族歴があるものは約5%である。家族性ALSのうちSOD1(英語版)遺伝子の異常が原因となるものが約20%を占め、次いで頻度が高いのはFUS遺伝子異常である。

2021年、日本国内における患者は約9,000人とされる。
病態

孤発性の筋萎縮性側索硬化症の原因は不明である。しかし孤発性の筋萎縮性側索硬化症の患者の一部に家族性の筋萎縮性側索硬化症で同定された遺伝子変異が認められている[1][2]。そのため孤発性と家族性の筋萎縮性側索硬化症に共通の分子メカニズムが想定されるようになった。家族性筋萎縮性側索硬化症で同定された遺伝子群は3つのカテゴリーに分類される。それはタンパク質恒常性・品質管理に影響するもの、運動ニューロンの軸索における細胞骨格動態を障害するもの、RNAの安定性・機能・代謝を攪乱するものである。またそれ以外にグルタミン酸興奮毒性仮説と内在性レトロウイルス仮説というものも知られている[3]
タンパク質恒常性・品質管理の異常

変異SOD1遺伝子変異があるとSOD1タンパク質を正しく折りたたむことができない。異常に折りたたまれたSOD1は小胞体の細胞質側表面に結合し、小胞体から異常に折りたたまれたタンパク質を分解除去する機能を担う小胞体関連分解を抑制する。また変異型SOD1はマイクログリアにスーパーオキサイドの産生を増加させる。
軸索における細胞骨格動態を障害

運動ニューロンの生存には、胞体で合成された細胞成分を軸索とシナプス末端に送る軸索輸送が重要である。変異型SOD1は発症前より順行性と逆行性輸送を障害する。DCTN1の変異は逆行性輸送を低下させる。
RNAの安定性・機能・代謝を攪乱

TDP-43は主に核内に分布するRNA結合タンパク質である。遺伝子変異は細胞内局在に変化をもたらし、核内から除かれて細胞質に凝集体として蓄積する。この局在変化はTDP-43の正常機能の喪失(loss of function)をもたらす。転写、スプライシング調節、RNA安定化などに影響が生じると考えられている。また細胞質への移動はTDP-43の線維化をもたらし新たな毒性の獲得を引き起こす(gain of function)。TDP-43の変異で考えられているRNA代への影響とタンパク質凝集による毒性の獲得は、TDP-43と同じhnRNPファミリーに属するRNA結合タンパク質であるFUS、hnRNP A1においても同じようなメカニズムが考えられている。
グルタミン酸の興奮毒性仮説

神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰に運動ニューロンを興奮させるため神経細胞が死に至るという仮説がある。
内在性レトロウイルス仮説

ヒトの遺伝子の一部にはウイルス由来の遺伝子が組み込まれている。孤発性筋萎縮性側索硬化症が内在性に存在するレトロウイルスによって発症する仮説が提唱されている。
病理

孤発性の筋萎縮性側索硬化症の臨床像と関係する病理所見は上位運動ニューロン(運動野皮質神経細胞)と下位運動ニューロン(脳幹運動神経核、脊髄前角神経細胞)の変性と脱落と下位運動ニューロン支配筋の萎縮である。家族性の筋萎縮性側索硬化症には孤発性の筋萎縮性側索硬化症と同様の病理所見を示すものと脊髄前角、側索に加え後索に変性を認める後索型筋萎縮性側索硬化症もある。
肉眼所見

大脳の萎縮はなく中心前回の萎縮も通常はみられない。ただし、中心前回の変性が高度の場合には、その萎縮と断面での中心前回皮質の萎縮と薄茶の変色、そして錐体路の変性が認められる。正常脊髄根の白色は髄鞘の色である。軸索が消失すると髄鞘も崩壊し白さが失われる。これは頸髄前根で最も明瞭である。脊髄のセミマクロ所見として前角大型運動ニューロンの脱落、前角が背腹方向に萎縮して、その外側角が先鋭になる。錐体側索路・前索路は淡明化する。また錐体路以外の前索・側索部も淡明化する。
組織所見

孤発性の筋萎縮性側索硬化症の細胞病理像は運動ニューロンが変性・消失する過程と異常構造物の出現に分けられる。
下位運動ニューロン病変
下位運動ニューロンの変性・消失する過程

残存ニューロンは正常下位運動ニューロン像の他に、ニッスル小体中心崩壊、細胞体と樹状突起の萎縮、核の偏在、萎縮した細胞質の赤染、リポフスチンによる細胞体占拠、核萎縮と濃縮など、種々の細胞病理を示す。ゴルジ装置抗体(MG-160抗体)免疫染色では、残存ニューロンの多くがゴルジ装置の断片化を呈している。筋萎縮性側索硬化症における運動ニューロン死はアポトーシスによるとの考えが提唱されたが異論もある。一般に筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病アルツハイマー病などの神経変性疾患ではアポトーシスの組織学的所見と考えられているアポトーシス小体は認められない。
下位運動ニューロンの異常構造物
封入体

下位運動ニューロン(前角細胞)の残存ニューロンの封入体としてはブニナ小体とTDP-43陽性封入体が知られている。ブニナ小体は好酸性の微少な細胞質内封入体で筋萎縮性側索硬化症に特異的である。構成蛋白や由来は不明である。超微形態的には限界膜がなく、電子密度の高い顆粒が密に集簇した構造で、周辺には壊れた膜構造が付着している。内部にしばしば空隙を有し、神経細糸を含んでいることもまれでない。TDP-43陽性封入体には円形の球状硝子様封入体と線状のスケイン様封入体があり両者ともユビキチン化されている。円形封入体の内部は通常不規則な網目状を呈し、周辺は空胞で囲まれている。超微形態的には異常な太い繊維と神経細糸様の繊維との混交である。スケイン様封入体は太い線維の束であり、限界膜はない。これは、しばしば二重膜を有する小胞で囲まれており、ライソゾーム系で処理されることが推測される。スケイン様封入体は運動ニューロン疾患以外に、進行性核上性麻痺大脳皮質基底核変性症ピック病、老人脳などでも線条体で高頻度に認められる。
スフェロイド

下位運動ニューロン軸索近位部に神経細糸が貯留して類球形に腫大した構造であり、軸索流の障害を示唆している。早期に死亡した症例で多くみられる。
上位運動ニューロン病変

錐体路の変性がしばしば認められる。軸索脱落が軽微な場合は淡明化がとらえにくいため、鍍銀軸索染色で確認する必要がある。中心前回では、ベッツ細胞の変性・萎縮とその消失跡へのマクロファージの集簇が認められる。

認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症では非運動ニューロン病変が認められる。前頭側頭葉変性を呈するが萎縮の程度は様々である。組織学的には、皮質表層の不明瞭な海綿状変化を呈し、側頭葉極内側面皮質の変性と海馬吻側のCA1-支脚移行部の限局性神経細胞脱落は認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症の特徴である。これは初期変化の可能性が高い。扁桃体の変性も認められる。脳の広範な領域のニューロンとグリアにTDP-43封入体が出現する。海馬顆粒細胞層や大脳皮質の神経細胞内にTDP-43封入体は認められる。黒質にもレビー小体の出現を伴わない明らかな変性がみられる。
分類

筋萎縮性側索硬化症の病型は非常に多彩である[4][5]。比較的急速に全身へ波及する古典型と進行性球麻痺型が中核であり、これは診断基準を満たしやすい。病型によって予後も異なり、病型によっては診断基準を満たさないため注意が必要である。
上位ニューロン徴候も下位ニューロン徴候も認められるもの

このカテゴリーが筋萎縮性側索硬化症の中核であり古典型と進行性球麻痺型が該当する。古典型は上位・下位運動ニューロン徴候が四肢・体幹・脳神経領域に進展していくものである。典型例では一側上肢遠位の筋萎縮で気づかれ、筋力低下・筋萎縮が同側近位および対側遠位へ進展すると同時に、下肢・頸部・下部脳神経領域へと波及する。線維束性収縮と筋の有痛性攣縮もしばしば伴う。進行性球麻痺型は球麻痺・偽性球麻痺による嚥下障害構音障害で始まり、頸筋・肩甲帯筋へと進展することが多いが上下肢の筋萎縮・筋力低下に波及するのは遅れるため、初期には運動能力は保たれるという点で臨床像が古典型と異なることに特徴がある。古典型も進行性球麻痺型も発症が四肢あるいは脳神経領域によるかの違いで中年以降に孤発性に発症し、上位および下位運動ニューロン障害による徴候のみを呈し、筋萎縮性側索硬化症の一般的な診断基準を満たす。終末像としては四肢麻痺、球麻痺、呼吸筋麻痺に至り、病理学的にブニナ小体とTDP-43陽性封入体を認める。進行性球麻痺型の方が古典型より発症年齢が高く、予後も悪い[4]
上位運動ニューロン徴候を欠くもの

臨床症状で上位運動ニューロン徴候を欠くものを進行性筋萎縮症(progressive muscular atrophy、PMA)という。進行性筋萎縮症の中で両上肢に限局するものはflail arm型、両下肢に限局するものはflail leg型と呼ばれる。また一肢に限局するもの(単肢型)もある。flail arm型は両上肢近位部および肩甲帯(棘上筋棘下筋三角筋)から発症し、1年以上の障害部位が進展しない例である。flail leg型は両下肢の遠位部から発症し、1年以上の障害部位が進展しない例である。進行性筋萎縮症は上位ニューロン徴候が認められないため筋萎縮性側索硬化症の診断基準は満たさない。しかし進行性筋萎縮症と診断後に上位ニューロン徴候を示す例があること、死亡時まで上位ニューロン徴候を示さなかった例の85%に病理学的に上位ニューロン変性の病理所見が得られたという報告がある[6]


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