ルーブ・マーカード
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ルーブ・マーカード
Rube Marquard
1912年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地オハイオ州クリーブランド
生年月日1886年10月9日
没年月日 (1980-06-01) 1980年6月1日(93歳没)
身長
体重6' 3" =約190.5 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席左投両打
ポジション投手
初出場1908年9月25日
最終出場1925年9月18日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


ニューヨーク・ジャイアンツ(1908 - 1915)

ブルックリン・ロビンズ (1915 - 1920)

シンシナティ・レッズ(1921)

ボストン・ブレーブス(1922 - 1925)

アメリカ野球殿堂 殿堂表彰者
選出年1971年
選出方法ベテランズ委員会選出
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■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

リチャード・ウィリアム・"ルーブ"・マーカード(Richard William "Rube" Marquard、1886年10月9日 - 1980年6月1日)は、1910 - 1920年代に活躍したアメリカ合衆国メジャーリーグの野球選手。ポジションは投手オハイオ州クリーブランド生まれ。左投げ、スイッチヒッター

ニックネームの"Rube"(『田舎者』の意)は、マイナーリーグ時代に、当時活躍していた左腕投手ルーブ・ワッデルになぞらえて記者がつけたもの。
経歴

1908年にマイナーのインディアナポリス球団から、当時としては破格の11,000ドルの契約金でニューヨーク・ジャイアンツに入団する(当時は契約金13,000ドルと報じられ、当時マーカードは『13,000ドルのレモン』と呼ばれた)。しかし2年目の1909年は29試合に登板し、防御率2.60ながら5勝13敗、3年目は13試合で4勝4敗となかなか勝ち星に恵まれなかった。

しかし4年目の1911年に、縦に落ちる変化球を習得して成績が急上昇する。同年リーグ最多の奪三振237を含む24勝を上げ、ジャイアンツをリーグ優勝に導く。次の1912年は開幕から負け知らずで、開幕戦の4月11日から7月3日にかけて、19世紀のティム・キーフの記録に並ぶシーズン19連勝を含む26勝を挙げて最多勝利投手となった。翌1913年も23勝10敗とし3年続けて20勝以上を上げ、ジャイアンツのリーグ3連覇に貢献した。この頃マーカードが投げていた変化球は、現在でいうスプリットフィンガード・ファストボールの原型ではないか、という一部野球史家の指摘がある。[1]

1915年4月にはノーヒットノーランを達成するも不調で、同年シーズン途中にブルックリン・ロビンズに移籍する。ロビンズには5年間在籍し、ワールドシリーズには2度出場した。その後レッズ、ブレーブスと球団を渡り、1925年、38歳で現役を引退する。引退時の通算奪三振数は、当時左腕投手として歴代3位の数だった。

1971年にベテランズ委員会によりアメリカ野球殿堂入り選手に選出された。1980年にボルチモアにて死去。
詳細情報
年度別投手成績




















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W
H
I
P

1908NYG1100--010--.000225.0602--1210523.601.60
1909292280--5131--.278707173.0155273--91098081502.601.32
191013820--440--.50030070.265240--4524035354.461.49
19114533225--2473--.7741117277.22219106--423710198772.501.18
19124338221--26111--.7031230294.2286980--317580112842.571.24
19134233204--23103--.6971122288.02481049--315131100802.501.03
19143933154--12222--.3531086268.0261947--292120117913.061.15
19152721102--982--.529701169.0178833--1793085703.731.25
BRO6300--221--.50011224.22905--0133017176.201.38
'15計3324102--11103--.524813193.2207838--19260102874.041.27
19163621152--1365--.684793205.0169238--01073154361.581.01
19173729142--19120--.613942232.2200560--01174084662.551.12
19183429194--9180--.333980239.0231759--1893097702.641.21
19198730--330--.50023859.054110--0293017152.291.09
19202826101--1070--.588779189.2181535--1895083683.231.14
1921CIN3936182--17140--.5481116265.2291850--788511231003.391.28
1922BSN392570--11151--.423884198.02551266--057311311125.091.62
19233829113--11141--.4401015239.02651065--27810127993.731.38
19246610--120--.33315036.033313--1101017123.001.28
192526800--280--.20034772.0105527--0191060465.751.83
通算:18年53640819730--20117720--.532136413306.23233107858--391593815144311303.081.24


各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・記録

最多勝利:1回(1912年)

最多奪三振:1回(1911年)

ワールドシリーズ出場:5回(1911年 - 1913年、1916年、1920年)

シーズン連勝記録:19(1912年:ティム・キーフと並びメジャーリーグ記録。開幕からの連勝記録としてはMLB記録[2]4月11日の対ブルックリン・ドジャース戦から7月3日の対ブルックリン・ドジャース戦〔ダブルヘッダー〕まで[3]。)

ノーヒットノーラン:1915年4月15日

打撃成績

通算成績:536試合、1107打数198安打、本塁打1、打点64、打率.179

脚注^ 馬立勝・伊東一雄 1991『野球は言葉のスポーツ アメリカ人と野球』 中公新書
^ マー君 日本新21連勝 1年間負け知らず「いい緊張感で幸せ」スポーツニッポン、2013年8月17日記事。
^1912 New York Giants Schedule(Baseball Almanac)2013年8月17日閲覧


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