ルドヴィーコ・リッパリーニ
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ルドヴィーコ・リッパリーニ
Ludovico Lipparini
トランクイッロ・クレモナによる肖像画
誕生日1800年2月17日
出生地 チザルピーナ共和国
ボローニャ
死没年1856年3月19日
死没地

オーストリア帝国
ロンバルド=ヴェネト王国
ヴェネツィア
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ルドヴィーコ・リッパリーニ(Ludovico Lipparini、1800年2月17日 - 1856年3月19日)はイタリアの画家である。
略歴

ボローニャで生まれた。1817年にヴェネツィアに移り、ヴェネツィア美術アカデミーで、コッツァ(Liberale Cozza:1768?1821) やテオドロ・マッティーニ(Teodoro Matteini:1753-1831)に学んだ。

1821年からローマ、ナポリ、フィレンツェ、パルマを旅して、古典作品を学んだ。1823年にヴェネツィアに戻り、新古典主義のスタイルで描いた作品は、ボローニャに引退していたフェリーチェ・バチョッキに買い上げられ、リッパリーニはボローニャの美術アカデミーの名誉会員に選ばれた。

1824年に、恩師マッティーニの娘で風景画家のアンナ・マッティーニ(1782-1878)と結婚した。この頃は家族や有力者の肖像画を多く描いた[1]。1831年に義理の父親のマッティーニが亡くなった後、ヴェネツィア美術アカデミーの教授の職を継いだ。リッパリーニの教えた学生にはアントニオ・ロッタポンペオ・マリーノ・モルメンティトランクイッロ・クレモナらがいる。

同時代の画家、フランチェスコ・アイエツと同じように、中世の歴史を題材にした絵画を描き[2]、1821年から1830年まで続いたギリシャ独立戦争を題材にした作品も描いた。
作品

Lambro Zavellaの死 (1840)

傷ついたピロクテーテース

「別れ」

Giacomo Giustiniani-枢機卿


ギリシャ独立戦争のBotsarisの死

革命の旗を掲げるGermanos III of Old Patras

Vettor Pisani-14世紀のヴェネツィア艦隊司令官 (1852)

脚注^ Galleria Recta, Il pittore con la famiglia, con i due coniugi, la piccola Elisabetta, il suocero e un dottore.
^ Francesca Franco, Ludovico Lipparini, DBI.

参考文献

Michelangelo Gualandi, A Ludovico Lipparini, pittore, socio onorario dell'Accademia di Belle Arti in Bologna, Bologna, Tipografia di Emidio Dall'Olmo, 1828

Francesca Franco, Ludovico Lipparini, Dizionario biografico degli Italiani, vol. 55, Roma, Istituto dell’Enciclopedia italiana, 2005

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