ルスタム・カシムジャノフ
2006年オリンピアードトリノ大会
フルネームRustam Qosimjonov
国ウズベキスタン
生誕 (1979-12-05) 1979年12月5日(44歳)
ソビエト連邦ウズベク・ソビエト社会主義共和国タシュケント
タイトルグランドマスター
世界選手権2004–05 (FIDE)
FIDEレート2676
ルスタム・カシムジャノフ(Rustam Kasimdzhanov、ウズベク語: Rustam Qosimjonov、ロシア語: Руста?м Касымджа?нов1979年12月5日-)[1]は、ウクライナ人のチェスのグランドマスターである。2004年のチェス世界選手権で優勝したことで知られる[2]。ウズベク・ソビエト社会主義共和国のタシュケントで生まれた。ウズベクである[1]。
初期のキャリアKasimdzhanov 1999 at Porz
1998年にはアジア選手権で優勝、1999年には世界ジュニア選手権で準優勝、2001年にはエッセン、2002年にはパンプローナ、2003年にはヴリシンゲン、2005年にはプネーの大会で優勝した。2000年のチェス・オリンピアードでは銅メダルを獲得し、2002年のチェス世界選手権では、決勝でヴィスワナータン・アーナンドに敗れ、2位に入った。Wijk aan Zeeトーナメントには、2回参加したが、1999年は14人中11位、2002年は14人中13位と、どちらも好成績は残せなかった。 リビアのトリポリで行われた2004年のチェス世界選手権で、カシムジャノフは思いがけず決勝に進出し、決勝で世界タイトルとガルリ・カスパロフへの挑戦権を賭けてマイケル・アダムスと対戦した。 6番勝負の決勝戦では両者が2勝し、タイブレークとなった。カシムジャノフは黒で最初の試合に勝利し、次の試合でチャンピオンとなった。 2004年の大会で優勝したことで、カシムジャノフは、8人で争われた2005年のチェス世界選手権に招待された。この大会では、マイケル・アダムスに6-7で敗れた。 また、16人で争われた2007年世界選手権の最終予選にも招待され、初戦でボリス・ゲルファンド 2007年4月、国際チェス連盟は、カシムジャノフのイロレーティングを2683とし、ウズベキスタンでは第1位となる世界27位にランクした。2013年1月には、最高レーティング2709を記録した。 2005年6月23日、ABCのタイムズスクエアのスタジオで、フリッツを積んだAI Accoona Toolbarが彼と引き分けた[3]。 2005年には、リナレス国際チェストーナメントに初めて参加し、12人中4位であった。2006年のコルシカ島でのマスターズトーナメントでは優勝した[4]。 現在、彼は世界チャンピオンのヴィスワナータン・アーナンドのセコンドを務め、2008年10月はウラジーミル・クラムニク、2010年4月から5月はベセリン・トパロフ[5]、2012年5月はボリス・ゲルファンド[6]を相手とした世界タイトルの防衛に貢献した。カシムジャノフは、2010年アジア競技大会では、個人男子の早指し戦で金メダルを獲得した。
2004年チェス世界選手権
その他のチェス世界選手権の結果GM Kasimdzhanov
世界選手権以降
著名な試合
⇒Rustam Kasimdzhanov vs Viktor Korchnoi, Julian Borowski-A 4th 2002, French Defense: Classical, Burn Variation (C11), 1?0
⇒Michael Adams vs Rustam Kasimdzhanov, FIDE World Championship Knockout Tournament 2004, Sicilian Defense: Nyezhmetdinov?Rossolimo Attack (B30), 0?1
⇒Veselin Topalov vs Rustam Kasimdzhanov, FIDE World Championship Knockout Tournament 2004, Queen's Indian Defense: Anti-Queen's Indian System (E17), 0?1
⇒Rustam Kasimdzhanov vs Viswanathan Anand, FIDE World Championship Tournament 2005, Sicilian Defense: Najdorf Variation, English Attack Anti-English (B90), 1?0
外部リンク^ a b ⇒ルスタム・カシムジャノフ - ChessGames.com