ルイス・アキーノ
Luis Aquinoトロント・ブルージェイズ時代
(1987年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコ自治連邦区サントゥルセ
生年月日 (1964-05-19) 1964年5月19日(60歳)
身長
体重184 cm
86 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り1981年 アマチュアFA
初出場MLB / 1986年8月8日
NPB / 1996年3月31日
最終出場MLB / 1995年9月12日
NPB / 1996年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
ガブリエラ・ミストラ高等学校
トロント・ブルージェイズ (1986)
カンザスシティ・ロイヤルズ (1988 - 1992)
フロリダ・マーリンズ (1993 - 1994)
モントリオール・エクスポズ (1995)
サンフランシスコ・ジャイアンツ (1995)
近鉄バファローズ (1996)
ニューバーグ・ブラックダイヤモンズ (1998)
ナシュア・プライド (1998)
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ルイス・アントニオ・コロン・アキーノ(Luis Antonio Colon Aquino , 1964年5月19日 - )は、プエルトリコ出身の元プロ野球選手(投手)。 1981年にトロント・ブルージェイズと契約[1]。1986年8月8日にメジャーデビュー[1]。 1988年にカンザスシティ・ロイヤルズに移籍し、ロイヤルズでは主に先発投手として活躍。1993年には、この年創設されたフロリダ・マーリンズに移籍。1995年にモントリオール・エクスポズ、同年途中にサンフランシスコ・ジャイアンツとチームを渡り歩いた[1]。この年の1月には中日ドラゴンズのテストを受けていた。 1996年に近鉄バファローズに入団[1]。 帰国後、1997年にデトロイト・タイガースのキャンプに参加したが契約には至らなかった[1]。 1998年はアメリカ独立リーグのアトランティックリーグに加盟していたナシュア・プライド及びニューバーグ・ブラックダイヤモンズ 球速は遅く、変化球を主体とした軟投派で、腕をくにゃくにゃと曲げながら投げる投法は「オクトパス投法」と呼ばれた。武器はスライダー、決め球はチェンジアップ。 典型的なプエルトリカンな顔つきで、鼻ひげを豊かに蓄えていたことから「投げるマリオ」とも呼ばれていた。
経歴
同年は、チームトップの11勝を挙げる。特に対西武戦には滅法強く[2]、11勝のうち6勝が西武からの勝ち星だった。チームトップの勝ち星を挙げていたにもかかわらず、同年オフに突如解雇される。近鉄フロント陣は「ピッチングパターンを覚えられてしまった」「大阪ドームへの本拠地移転にあたって人心を一新したかった」という不可解なコメントに終始した。ロッカールームでゲイトラブルがあったので選手からたまらんと苦情があり契約延長しなかったとも言われている。
プレースタイル・人物