ルイジ・ディ・ボルボーネ=パルマ
Luigi di Borbone-Parma
出生 (1899-12-05) 1899年12月5日
オーストリア=ハンガリー帝国、シュヴァルツァウ
ルイジ・ディ・ボルボーネ=パルマ(Luigi di Borbone-Parma, 1899年12月5日 - 1967年12月4日)は、ブルボン=パルマ家の公子で、オーストリア皇后ツィタの弟。全名はルイジ・カルロ・マリーア・レオポルド・ローベルト(Luigi Carlo Maria Leopoldo Roberto)。フランス語名はルイ・ド・ブルボン=パルム(Louis de Bourbon-Parme)。
最後のパルマ公ロベルト1世と、その2番目の妻でポルトガルの廃王ミゲル1世の娘であるマリア・アントニアの間の第10子、五男として生まれた。父にとっては第22子、10番目の息子である。1939年1月23日にローマにおいて、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の娘マリーア・フランチェスカと結婚した[1]。 妻との間には間に4人の子女をもうけた。子供たちは全てカンヌで誕生している(名前はフランス語表記で示す)。
子女
ギー・シクスト・ルイ・ロベール・ヴィクトル(1940年 - 1991年)
レミ・フランソワ・グザヴィエ・ルイ・ロベール・ヴィクトル(1942年 - )
シャンタル・マリー・エレーヌ・シャルロット(1946年 - )
ジャン・ベルナール・レミ(1961年 - )
脚注^ ⇒Capet 45
全般
ISNI
VIAF
国立図書館
フランス
BnF data
その他
IdRef