リー・ブルックス(Lee Brookes、1968年2月22日 ー )は、イギリスのレーシングドライバー[1]。イギリスツーリングカー選手権(BTCC)の1996年のインディペンデント(プライベーター)のタイトルを獲得した。 現在はトータルコントロールレーシングチームを運営している。
経歴1996年のイギリスツーリングカー選手権でトヨタ・カリーナを運転するブルックス
ブルックスはウォルソールで生まれ、カートでレースを始めた。1990年、英国のシニアチャンピオンを獲得。1993年、ルノーエルフオイルズクリオチャレンジに出場し、最初のシーズンでポイントで4位に入賞。 1994年は3位に終わったものの、彼は1995年にチャンピオンになる。 トヨタワークスはイギリスツーリングカー選手権においてながらく活躍し、1991年からはトヨタ・カリーナE(日本名:トヨタ・コロナ)で参戦していたが、1995年限りで撤退した。 翌1996年は、英国トムスがメンテナンスを担当するかたちで、インディペンデント(プライベーター)でリーの父であるジョンが運営するTOM'Sチームのブルックス・モータースポーツに供給し、インディペンデントとしてトヨタ・カリーナで伝統のブリティッシュツーリングカー選手権に参戦することになり、ブルックスがステアリングを握った。 ブルックスはインディペンデントのドライバーとして走っており、トヨタからの支援は限られていたが、総合順位としては19位となったものの、26戦中25戦で完走を果たし、インディペンデント部門のチャンピオンとなってプライベーターカップを獲得。 翌年も引き続きブルックス・モータースポーツから参戦したが、この年はプジョー・406をドライブした[2]。この年も活躍したが、ベストプライベーターは、1990年のチャンピオンでこの年はインディペンデントにエントリーしたロブ・グラヴェットが獲得。プジョーは以前の車にはなかった信頼性の問題を抱えていたが、ブルックスはインディペンデンツカップでは2位で、グラベットにわずかに及ばずの成績であった。 1998年はマシンをホンダ・アコードに変更。グラヴェットをチームに招きこの年もインディペンデントとして参戦し、ブルックスもオウルトン・パークのレースにスポット参戦。この年はこの2ラウンドのみ参戦したが、ブルックスのマシンはトラブルにより出走できず、タイトルもルノー・ラグナのトミー・ラスタットの手に落ちた。 ブルックスはグラヴェットと共に、この年にバサースト1000にも参加した。 ブルックスは1999年にホンダ・アコードでフルシーズンで参戦し、インディペンデントカップで4位に入賞。メインドライバーとしてドライブしたが、この年のシーズン途中でブルックス・モータースポーツはBTCCから撤退した。この頃のBTCCは、マシンの開発費用の高騰やレース数の多さによるチームの費用負担の高額などが問題視されており、ワークスチームでもアウディとプジョーが1998年限りで撤退。アルファロメオも参戦を取り止めており、ブルックスが撤退した1999年もボルボとルノー、それにこの年のチャンピオンチームの日産もこの年限りで撤退するなど、ワークス、インディペンデント共に撤退が相次いだ。翌年のワークスチームは、ボクスホール、ホンダ、フォードのみとなり、大幅な規定変更が2001年に行われることになった。 一方でBrookes MotorsportはTCRとして改革したが、これはTOCAサポートパッケージで実行され、ある程度の成功を収めた[3]。 ( キー ( - 1ポイント以降1998を与えられた少なくとも一つのラップ用のドライバリードフィーチャーレースがあること*が意味) - )( 太字のレースはポールポジションを示す1点は、すべてのレースを受賞)( イタリック体のレースの最速ラップタイムを示しています) 年チーム使用車両1234567891011121314151617181920212223242526順位ポイント
イギリスツーリングカー選手権
レース記録
イギリスツーリングカー選手権(BTCC)
1996トムス ・チーム・ブルックストヨタ・カリーナEDON1
13DON2
15BRH1
15BRH2
RetTHR1
10THR2
12SIL1
18SIL2
11OUL1
14OUL2
14SNE1
12SNE2
13BRH1
13BRH2
18SIL1
14SIL2
16KNO1
13KNO2
14OUL1
12OUL2
15THR1