リヴァイアサン_(ホッブズ)
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アブラハム・ボスによる『リヴァイアサン』の表紙。上部に描かれた巨大な支配者の身体は多数の人間から構成されている[1]

『リヴァイアサン』(: Leviathan)は、英国イングランド王国)の哲学者トマス・ホッブズ1651年に著した政治哲学書。自然状態自然権自然法といった概念を基盤として、社会契約が説かれている。題名は旧約聖書ヨブ記)に登場する海の怪物レヴィアタンの名前から取られた。正式な題名は、『リヴァイアサン、あるいは教会的及び市民的なコモンウェルスの素材、形体、及び権力』(: Leviathan or The Matter, Forme and Power of a Commonwealth Ecclesiasticall and Civil)。
概要

本書はホッブズによって著された国家についての政治哲学の著作である。西洋における国家の概念は人間の政治的性格によって成立しているポリスであるが、ルネサンス以後には近代的な国家の概念は見直された。ニッコロ・マキャヴェッリが権力関係から国家の成立を考察しており、さらに宗教戦争や内戦などを通じて国家の新たな哲学的な基礎付けが求められるようになった。ホッブズはイギリスでの内乱(清教徒革命、後述)を通じてこの問題意識を持つようになり、新しい国家理論の基礎付け、新たな政治秩序を確立することを目指した。

ホッブズは人間の自然状態を、決定的な能力差の無い個人同士が互いに自然権を行使し合った結果としての万人の万人に対する闘争: bellum omnium contra omnes, : the war of all against all)であるとし、この混乱状況を避け、共生・平和・正義のための自然法を達成するためには、「人間が天賦の権利として持ちうる自然権を国家(コモンウェルス)に対して全部譲渡(と言う社会契約を)するべきである。」と述べ、社会契約説を用いて、従来の王権神授説に代わる絶対王政を合理化する理論を構築した。ホッブズはこの国家(コモンウェルス)を指して「リヴァイアサン」と言っている[2]。口絵の上段に描かれている王冠を被った「リヴァイアサン」は政府に対して自らの自然権を譲渡した人々によって構成されている。

この理論は臣民(ここで言う臣民は、国家権力の行使を受ける客体としての人民)の自由が主権者の命令である法の沈黙する領域に限定されているが、「自己防衛」の場合に限り主権者に対する臣民の抵抗権が認められる。

ホッブズの国家理論は、トゥキディデスの『戦史』の翻訳や人間の欲望を基礎にしながら合理的な計算を行うことで政治秩序を構築することを論じた『法学要綱』を発表していることから分かるように、現実主義的な考え方を持っていたことが分かる。この議論は後にジョン・ロックが『統治二論』でホッブズとは異なる自然状態論から社会契約の枠組みで国家の規範理論の再検討を行い、またジャン・ジャック・ルソーが『社会契約論』で自由意志を持つ各個人の社会契約に基づいた国家の在り方を論じ、数多くの批判がなされることになる。一方でマイケル・オークショットが本書を人間本性の分析から国家の正当性構築を試みた政治哲学の著作として高く評価している。今日においても本書は国内政治学や国際政治学における国家の人格の統一性や構造の人工性、主権の絶対性を巡る議論を提起している。
成立史

スペイン帝国無敵艦隊がイングランドに迫る1588年4月5日にホッブズは生まれた。幼少の頃から英才教育を受け、14歳でオックスフォード大学に入学して論理学スコラ哲学を学んだ。1608年に卒業し、名門貴族の家庭教師となった。1610年にヨーロッパ大陸へ家庭教師としての引率の仕事で渡った時に、近代の哲学自然科学の知識に触れ、1629年のヨーロッパ大陸渡航ではユークリッド幾何学のような演繹的方法論を習得し、1630年の3度目の渡航では歴史と社会についての学問的体系の基礎を構築している。このような知的背景を持ちながら生涯にわたって政治についての研究を行い、トゥキディデス『戦史』の翻訳のほか、自著として『法学原理』『市民論』と本書『リヴァイアサン』、『ベヒーモス』などを発表した。

ホッブズが思想を形成する時期はイングランドにとって立憲政治が成立する過渡期であった。1603年にスチュアート朝がイングランド国王を兼ねるようになり、国王によってイギリス国教会の批判と王権神授説が主張されると議会の大抗議が行われ、国王と議会の対立が深刻化した。そして1628年に権利の請願エドワード・コークによって起草され、翌1629年には議会が解散された。しかしスコットランドで反乱が発生すると国王は戦費調達のために議会を召集したが、国王と議会の対立はさらに進行し、1642年に内戦に突入した。この内戦はピューリタン革命と呼ばれ、オリバー・クロムウェルたち議会派がコモンウェルスを掲げるイングランド共和国を樹立することになった。国王チャールズ1世は敗れて1649年に処刑された。

絶対的な独裁者だったオリバー・クロムウェルの死後、世襲したリチャード・クロムウェルの失政によって王政復古の機運が高まり、チャールズ2世が国王として呼び戻され、スチュアート朝が復活した。しかし次代のジェームズ2世が専制政治を行ったため、議会はオランダ総督であったウィリアム3世を国王とし、権利章典を承認させて国王の絶対的権利を制限することで立憲王政が成立した。この革命は名誉革命と言われ、先のピューリタン革命と合わせて市民革命と呼ばれる。

ホッブズはこうしたイングランドの内乱を避けて1640年にフランス亡命し、1652年に帰国した。本書『リヴァイアサン』が執筆されたのはクロムウェルが政権を掌握して国王のチャールズ2世がフランスへ亡命していた1651年であり、イギリスは市民革命による混乱の時代であった。
構成

以下のように、全4部47章から成る。

序説

第1部
人間について

第1章 感覚について

第2章 イマジネーションについて

第3章 イマジネーションの継起あるいは連続について

第4章 言語(スピーチ)について

第5章 推論及び学問について

第6章 一般に情念と呼ばれる意志を持った運動の内的発端について、また、その表現としての話法(スピーチ)について

第7章 論及の結末、または解決について

第8章 一般に知的と言われる様々な徳、またそれらとは逆の欠点について

第9章 知識の種々の主題について

第10章 力、価値、位階、名誉、ふさわしさについて

第11章 態度(マナーズ)の相違について

第12章 宗教について

第13章 人間の自然状態、その至福と悲惨について

第14章 第一、第二の自然法と、契約について

第15章 他の自然法について

第16章 人格、本人及び人格化されたものについて


第2部 コモンウェルスについて

第17章 コモンウェルスの理由、生成、定義について

第18章 設立された主権者の権利について

第19章 設立によるコモンウェルスの種類と主権の継承

第20章 父権的及び専制的な支配について

第21章 国民の自由について

第22章 政治的及び私的な国民の諸団体(システムズ)について

第23章 主権の公的代行者について

第24章 コモンウェルスの栄養摂取と生殖作用について

第25章 助言について

第26章 市民法について

第27章 犯罪、免罪、罪の軽減について

第28章 処罰と報酬について

第29章 コモンウェルスを弱め、解体させることがらについて

第30章 主権を持つ代表者の職務について

第31章 自然による神の王国について


第3部 キリスト教的コモンウェルスについて

第32章 キリスト教的政治原理について

第33章 『聖書』諸篇の数、時代、意図、権威、及びその解釈者たちについて

第34章 『聖書』諸篇における霊、天使、及び霊感の意味について

第35章 『聖書』における神の王国、ホーリー、セイクリッド、及びサクラメントの意味について


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