リン=マニュエル・ミランダ
Lin-Manuel Miranda
2018年11月、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにて
基本情報
生誕 (1980-01-16) 1980年1月16日(44歳)
出身地 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
学歴ウェズリアン大学
職業作曲家・劇作家・作詞家・俳優
活動期間1999年 - 現在
公式サイト ⇒www.linmanuel.com
リン=マニュエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda [l?n man?w?l m??rand?], 1980年1月16日 - )[1]は、アメリカ合衆国の作曲家、作詞家、劇作家、歌手、俳優、ラッパーである。ブロードウェイ・ミュージカル『イン・ザ・ハイツ(英語版)』および『ハミルトン』の制作および出演で知られる。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの映画『モアナと伝説の海』ではサウンドトラックを共同で手掛けた。これまでにピューリッツァー賞、グラミー賞3賞、エミー賞、マッカーサー・フェロー、トニー賞3賞、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星を受賞し、2018年、ケネディ・センター名誉賞を受賞した。 2008年、ブロードウェイで初演されたミュージカル『イン・ザ・ハイツ』で作曲・作詞・主演した。これによりトニー賞 ミュージカル主演男優賞にノミネートされ、トニー賞オリジナル楽曲賞を受賞し[2]、2009年、キャスト・アルバムがグラミー賞ミュージカル・シアター・アルバム賞を受賞し[3]、作品はトニー賞 ミュージカル作品賞を受賞した。2009年のブロードウェイ版『ウエスト・サイド物語』のスペイン語版の制作準備を行ない、2012年、ブロードウェイ・ミュージカル『チアーズ!
人物
2015年8月に開幕したブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』で脚本・作曲・作詞・主演を務めたことで広く知られている。『ハミルトン』は評価が高く社会現象となり[5]、ピューリッツァー賞 戯曲部門、グラミー賞ミュージカル・シアター・アルバム賞を受賞し、トニー賞において史上最多16部門でノミネートされ、ミュージカル作品賞、オリジナル楽曲賞、ミュージカル脚本賞を含む11部門受賞した[6]。主人公アレクサンダー・ハミルトンを演じ、トニー賞ミュージカル主演男優賞にノミネートされた。キャスト・アルバムが『ビルボード』誌ラップ・アルバム・チャートで10週連続第1位を獲得し、ミランダが制作した『ハミルトン』の楽曲のカバー・アルバム『ハミルトン・ミックステープ』が2016年12月にリリースされ『Billboard 200』で第1位を獲得した。
ミランダは特にプエルトリコの代表として、政治的に活動的である[7]。2016年、プエルトリコの債務免除を求め政治家たちと面会し[7]2017年、プエルトリコを襲ったハリケーン・マリアのチャリティおよび救済活動を行なった[8]。 ミランダは臨床心理士の母ルス・タウンズと民主党顧問でニューヨーク市長エド・コッチの顧問でもあった父ルイス・A・ミランダのもとにニューヨークで生まれ[1]、マンハッタン区インウッドで育った[9][10][11]。姉ルスはMirRam Groupの最高財務責任者を務めている[12]。幼少期から10代の頃、年に1ヶ月間はプエルトリコのヴェガ・アルタの祖父母のもとで過ごしていた[13][14]。ミランダ一家はほぼプエルトリコの流れを汲んでいる。母方の祖先には黒人女性ソフィと結婚した白人男性デイヴィッド・タウンズがおり、1800年代初頭、夫妻は法律や政府が変わり、奴隷生活から抜け出すことを望んでいた。その後タウンズ一族の一部はメキシコやテキサス州に住むメキシコ人と結婚し、その流れでミランダはメキシコ人のクォーターでもある[11][15][16]。「リン=マニュエル」という名は、プエルトリコ人作家ホセ・マニュエル・トレスによるベトナム戦争を題材とした詩「Nana roja para mi hijo Lin Manuel」から名付けられた[17][18]。 子供の頃、ミランダはジングルを作曲しており、のちにうちの1曲がエリオット・スピッツァーの2006年ニューヨーク州知事選に使用された。
生い立ち