この項目では、20世紀イギリスの俳優について記述しています。その他の同名の人物については「リチャード・バートン (曖昧さ回避)」をご覧ください。
Richard Burton
リチャード・バートン
1956年宣材写真
本名Richard Walter Jenkins Jr.
生年月日 (1925-11-10) 1925年11月10日
没年月日 (1984-08-05) 1984年8月5日(58歳没)
出生地ウェールズ
国籍 イギリス
職業俳優
配偶者シビル・ウィリアムズ
受賞
英国アカデミー賞
英国男優賞
1966年『バージニア・ウルフなんかこわくない』『寒い国から帰ったスパイ』
グラミー賞
最優秀子供向けアルバム賞
1975年『星の王子さま』
ゴールデングローブ賞
主演男優賞(ドラマ部門)
1977年『エクウス』
新人俳優賞
1952年『謎の佳人レイチェル』
トニー賞
ミュージカル主演男優賞
1961年『キャメロット』
その他の賞
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リチャード・バートン(Richard Burton, CBE, 1925年11月10日 - 1984年8月5日)は、イギリス・ウェールズ出身の俳優である。イギリス映画界を代表する俳優の一人。本名はリチャード・ウォルター・バートン・ジュニア(Richard Walter Jenkins Jr.)。女優のケイト・バートン(英語版)は、最初の妻で女優のシビル・ウィリアムズ(英語版)との間に生まれた娘。 炭坑作業員の息子(13人兄弟の12番目[1])に生まれる。2歳の時に母親が死に[2]、姉夫婦に育てられる[1][3]。16歳で学校をやめて働かなければいけなくなったが、彼の教師であったフィリップ・バートンが彼を養子に取り、18歳の時には英空軍の士官候補生としてオックスフォード大学エクセターコレッジの6ヶ月間の特別コースで学ぶことが許された。1943年にリヴァプールの舞台でデビューし、その後、舞台俳優として活躍。1944年から3年間、英空軍のパイロットとして従軍。1949年に映画デビュー、映画で共演した女優シビル・ウィリアムズ
生涯
舞台ではオールド・ヴィク座の『ハムレット』『オセロ』やブロードウェイのミュージカル『キャメロット』などに主演、英米の垣根を越えて活躍、特に『キャメロット』では1961年のトニー賞ミュージカル部門の俳優賞を受賞した。映画では『聖衣』『アレキサンダー大王』『北海の果て』『史上最大の作戦』などの大作や、『寒い国から帰ったスパイ』や『暗殺者のメロディ』などに出演。しかし『謎の佳人レイチェル』を初めアカデミー賞に計7回もノミネートされたものの、一度も受賞はしなかった。
1963年のマーク・アントニーに扮した『クレオパトラ』で共演したクレオパトラ役のエリザベス・テイラーと恋が芽生え、スキャンダルとなった。その後ウィリアムズと離婚し、一方エディ・フィッシャーと別れたテイラーと結婚、その後は夫婦して、『予期せぬ出来事』『いそしぎ』『バージニア・ウルフなんかこわくない』『じゃじゃ馬ならし』『悪のたのしみ』『危険な航路』『夕なぎ』で共演、しかしバートンがアルコール使用障害にかかり、1973年にテレビ映画『離婚』に夫婦共演中に本当に二人の離婚が取り沙汰されるようになり、ついに翌年離婚した。その後1975年10月10日に二人は再婚するが、翌年、再び離婚する。1983年のブロードウェイの舞台が二人の最後の共演となった。1966年にテイラーとの関係を綴った本を出版している。
テイラーとの離婚後は2度結婚を繰り返し、1984年にジュネーヴ郊外の自宅で脳溢血により倒れ、市内の病院に搬送されたが帰らぬ人となった。
2000年に発売されたテイラーの伝記の中で、俳優のローレンス・オリヴィエとバートンとの同性愛関係について触れられているが、バートンの遺族はその事を否定している[4]。
ギャラリー
マギー・マクナマラとバートン(1955年)
ローズマリー・ハリスとバートン(1958年)
『史上最大の作戦』(1962年)
『寒い国から帰ったスパイ』(1965年)
左からバートン、ルシル・ボール、エリザベス・テイラー