リシャール3世_(ノルマンディー公)
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リシャール3世
Richard III
ノルマンディー公
ファレーズにあるノルマンディー公像の中のリシャール3世
在位1026年 - 1027年

出生997/1001年

死去1027年8月6日
ノルマンディー公国
配偶者アデル・ド・フランス
家名ノルマンディー家
父親ノルマンディー公リシャール2世
母親ジュディット・ド・ブルターニュ
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リシャール3世(Richard III, 997/1001年 - 1027年8月6日)は、ノルマンディー公(在位:1026年 - 1027年)。ノルマンディー公リシャール2世の長男[1]。リシャールの治世は1年足らずで、弟の反乱に始まり、リシャールの原因不明の死によって終わった。
生涯

1020年頃、父リシャールは婿である後のブルゴーニュ伯ルノー1世を助けるため、息子リシャールと大軍を送った。ルノーは当時オセール司教でシャロン伯のユーグ1世に捕えられ、監禁されていた[2]

父リシャールは1026年8月に死去し、長男であるリシャールがノルマンディー公位を継承した。しかし継承後まもなく、弟ロベールがノルマンディーの国境にあるイエモワの領地に不満をもち、リシャールに対して反乱を起こした。ロベールはファレーズの町を包囲したが、間もなく退却を余儀なくされた。リシャールはロベールを捕縛したが、ロベールからの忠誠の誓いを受け、解放した。しかしリシャールは軍を解散してルーアンに戻って間もなく、突然死去した(暗殺の疑いがあるとも言われている)。ノルマンディー公位は弟ロベールの手に渡った[3]
結婚と子女

1027年1月、リシャールはフランス王ロベール2世の娘アデルと結婚した[4]。リシャールの死後、アデルはフランドル伯ボードゥアン5世と再婚した[4]。リシャールとアデルの間に子はいなかった。

素性不明の女性との間に2人の子がいる。

アリス(アリックス) - バイユー子爵ラナルフと結婚[1][5]

ニコラ(1092年2月26日没) - フェカンの修道士、ルーアンのサン=トゥアン修道院長[1][6]

脚注^ a b c D. Schwennicke, Tafel 79
^ F. Neveux, p. 97-8
^ D. Crouch, p. 46
^ a b D. Schwennicke, Tafel 11
^ David C. Douglas, William the Conqueror (1977): 93を参照。(「ギヨーム公の治世の初め、ベッサン(Bessin)の子爵はラヌルフであった。彼はAnschitilという名の子爵の息子であった。彼はリシャール3世公の娘と結婚し、ヴァル=エス=デュンヌの反乱で敗北した。それにもかかわらず、その地位は一族に安堵され、ノルマン・コンクエスト以前にアブランシュで地位を築いた別のラヌルフ(2世)に継承され、そのラヌルフは1089年4月以降まで生存した。さらに、このラヌルフ2世はアヴランシャン子爵リシャールの娘モードと結婚し、これにより後にチェスター伯位を継承することになる二つの有力な子爵家(vice-comital dynasties, 副伯家)が繋がったのである。」)
^ D. C. Douglas, p. 32を参照。また、Wailly et al., 379 (E Directorio Monasterii Sancti Audoeni Rotomagensis, Ex Calendario: “26 Febr. Obiit Nicholas abbas.(2月26日、修道院長ニコラが死去)”)、385 (“Selon cheu qui est contenu es croniques des Normans, Richart li tiers, duc de Normendie, fix du secont Richart duc, out un fix appele Nichole, qui fu moine a Fescampe, et apres fu abbe de l’abaie de Saint-Ouen de Rouen(ノルマンディー公リシャール3世はリシャール2世の息子で、息子ニコルがおり、彼はフェカンの修道士で後にルーアンのサン=トゥアン修道院長となった)”)、および、387 (Extrait des Chroniques de Saint-Ouen de Rouen: Nicholas, Abbot of Saint-Ouen, Rouen styled “son of Duke Richard III” [Nichole, fix au tiers duc Richart de Normendie])も参照。

参考文献

Detlev Schwennicke, Europaische Stammtafeln: Stammtafeln zur Geschichte der Europaischen Staaten, Neue Folge, Band III Teilband 1, Herzogs und Grafenhauser des Heiligen Romischen Reiches Andere Europaiche Furstenhauser (Marburg, Germany: Verlag von J. A. Stargardt, 1984)

Francois Neveux, A Brief History of the Normans, trans. Howard Curtis (Constable & Robbinson, Ltd, London, 2008)

David Crouch, The Normans: The History of a Dynasty, (Hambledon Continuum, 2007)

David C. Douglas, William the Conqueror (University of California Press, 1964)

Wailly et al., Recueil des Historiens des Gaules et de la France 23 (1894)










ノルマンディー公(1026 - 1027)
ノルマンディー家

ロロ911-925/927

ギヨーム1世925/927-942

リシャール1世942/943-996

リシャール2世996-1026

リシャール3世1026-1027

ロベール1世1027/1028-1035

ギヨーム2世1035-1087

ロベール2世1087-1105/1106

アンリ1世1105/1106-1135

ブロワ家

エティエンヌ1135-1144

プランタジュネ家

ジョフロワ1144-1150

アンリ2世1150 -1189

リシャール4世1189-1199

ジャン1199-1216

アンリ3世1216-1259

ヴァロワ家

ジャン2世1332-1350

シャルル1世1355-1364


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