リシャール・ボーランジェ
Richard Bohringer
2013年
生年月日 (1942-01-16) 1942年1月16日(82歳)
出生地 フランス国・ムーラン
国籍 フランス・ セネガル
著名な家族ロマーヌ・ボーランジェ
主な作品
『ディーバ』
リシャール・ボーランジェ(仏: Richard Bohringer, 1942年1月16日 - )は、フランス出身の俳優である。ジャン=ジャック・ベネックスやリュック・ベッソン、ピーター・グリーナウェイなど、個性的な監督達の作品に出演。リシャール・ボランジェ、リチャード・ボーリンジャーとも呼ばれる。 アリエ県のムーラン出身。第二次世界大戦中に出会った、ドイツ国防軍士官とフランス人女性の間に生まれた。リシャールの出生時、両親はドイツから逃れるため乳児の彼を母方の祖母に捨てていった。祖母はエピネー=シュル=セーヌの低所得者用集合住宅に住んでいた。困難にみまわれた人生の始まりにもかかわらず、ボーランジェは祖母とともに過ごした自らの子供時代を幸福であったと述懐している[1]。 当初ライターとして活動を開始し、『Zorgl'ub』(1966年)など戯曲2作を発表。次いで『奇襲戦隊』の脚本に加わり、映画界への一歩を踏み出す。1973年にはシャルル・マトン監督作『L'italien des roses』で映画初主演。1977年『ムッシュとマドモワゼル』に脇役で出演した際、同作の助監督を務めていたジャン=ジャック・ベネックスの目に留まり、同監督のヒット作『ディーバ』(1981年)に起用される。これで一気に知名度が上昇したことで、それまでの放浪生活に別れを告げ、俳優業に本格的に乗り出す。1984年『L'Addition』でセザール賞助演賞。1987年『フランスの思い出』で同主演賞を受賞。1988年、70年代の放浪生活をベースにした自叙伝的エッセイ「C'est beau une ville la nuit」を発表し、25万部のベストセラーを記録。これを自らの手で監督・映画化する構想を抱き、主演にチェッキー・カリョ、助演に実娘のロマーヌ・ボーランジェらをキャスティングする。この映画の構想はその後紆余曲折を経て形を変えながら、2006年になってようやく『C'est beau une ville la nuit
来歴
無論この間、多くの映画作品に出演して俳優としての地位も確立してきており、多彩な才能に溢れた現代フランス映画界を代表する存在の一人となっている。
歌を歌うことが好きな彼はアフリカをこよなく愛しており、2002年にセネガル国籍を取得した[2]。 公開年邦題
出演作品
原題役名備考
1977ムッシュとマドモアゼル
L'animal
1980ザ・カンニング IQ=0
Les sous-doues
終電車
Le dernier metroゲシュタポの将校
ラ・ブーム
La Boumアントワーヌ
1981ディーバ
Divaゴロディッシュ
愛と哀しみのボレロ
Les Uns et Les Autresリカルド
1982流血の絆/野望篇
Le Grand Pardonサクリスタン
1984L'Additionロルカセザール賞助演男優賞 受賞
1985ゲームの殺人
Peril en la demeureダニエル・フォレスト
サブウェイ
Subway花屋
DIESEL/ディーゼル
Dieselウォルター
1986神風
Kamikazeロマン刑事
1987フランスの思い出
Le grand cheminペロ(マルセルの夫)セザール賞主演男優賞 受賞
1988エレベーターを降りて左
A gauche en sortant de l'ascenseurボリス
1989フランスの友だち
Apres la guerreフランツ=ジョセフ
愛と欲望の果てに/ドレスの下のフランス革命
Les Jupons de la Revolution : Maratジャン=ポール・マラーテレビシリーズ
コックと泥棒、その妻と愛人
The Cook, the Thief, His Wife & Her Loverリチャード(シェフ)
1990スタン・ザ・フラッシャー
Stan the Flasherデヴィッド
宮廷円舞曲
Dames Galantesブラントーム
1991恋路
La Reine Blancheジャン・リポッシュ
パリの天使たち
Une epoque formidable...トゥービブ
1992バルジョーでいこう!
Confessions d'un Barjoシャルル
伴奏者
L'accompagnatriceシャルル・ブリス
1993タンゴ
Tangoヴァンサン
1994イヴォンヌの香り