この項目では、地理学や造園学、都市計画学や建設系工学上の学術的な概念としてのランドスケープについて説明しています。
生物の進化の適応度に基づくランドスケープについては「適応度」をご覧ください。
その他の用法については「ランドスケープ (曖昧さ回避)」をご覧ください。
ランドスケープ秋の風景冬景色
ランドスケープ(Landscape
、景観、風景)は、日常生活において風景や景色を構成する諸要素。ある土地における、資源、環境、歴史などの要素が構築する政治的、経済的、社会的シンボルや空間であり、分野を横断して学際的かつ国際的である。または、そのシンボル群や空間が作る都市、場所や地域そのもの、地域環境[1]。日本語の風景を原語とする英語のLandscapeからきていることで、日本語の景観、を構成するさまざまな要素 (樹木、街路、地形)をあらわすが、日本のランドスケープの定義は抽象的であり、明確な定義はない。ランドスケープ・アーキテクチャー (Landscape architecture、造園)または、ランドスケープ・デザイン(Landscape design、造園設計)は、土地が持つ諸要素を基盤にして、都市空間や造園空間、建築群(まちなみ等)といったランドスケープを設計、構築することをいい、そうした職能をランドスケープ・アーキテクト(Landscape architect、造園家)または、ランドスケープ・デザイナー(Landscape designer、造園設計家)という。 ランドスケープという言葉の成り立ちは、土地や場所をあらわすランドという言葉と、スケープという言葉が単語になっており、景=場所+スケープという図式構成を成すが、スケープは眺めを意味する[2]他、ゲシュタルト/全体性やシステムといった意味から、ランドスケープは地域社会を指す言葉の意味もあった。[3]都市設計や地域環境などを研究する際に学術観念として取り扱うが、多くの政治家、学者、建築家、造園家がランドスケープを定義し、取り扱う分野などについて言及している。 丸田頼一編『環境都市計画事典』(朝倉書店、2005、ISBN 9784254180183)では、ランドスケープは、風景や景観のような感覚的・審美的な側面のみならず、水、土、大気、動物、植物など、土地や自然を基盤とする生態学的な性状や秩序を含めた概念として認識されること、その上で、都市整備の目標を安全性、健康性、利便性、快適性、経済性が備わったアメニティ豊かな環境創造に視点を置き、都市固有の自然的ポテンシャルをもとに、人間活動の歴史・文化的かかわり合いによって生じる環境条件の科学技術的判断、「美」に関する追求やレクリエーション空間の確保等に重点を置く分野である、としている。 しばしば風景、景観、景域、造園、造景と訳されることが多いが、もとは風景「画」を意味していて、これは画家が風景や景観をつくるという意味ではなく、ある視点を選んで空間を解釈しているという意味であった。詳細は「構図」を参照 ランドスケープは オランダ語の風景画を描かせる際に契約書の用語として使用された lantschappen という言葉が 英語で landscape、ドイツ語で Landscaft、等に派生していく。ただし、フランス語では農風景(農家 (fr:Paysan
概要
ドイツ語では、ランドスケープを「ランドシャフト」というが、これには、原生の自然を意味する、ただのランドシャフトと、これに人為が加わったを意味するクルトゥール・ランドシャフトがある。
生態学の専門家はランドスケープを科学的な問題と理解しようとしているが、ランドスケープという言葉は科学的な側面と審美的な面と両方を含んでいる。独語の原意は大地の眺めや大地にはえた植物類を意味しているが、港千尋は『風景論』(中央公論新社、2018)で「ランドスケープ」の語源に関して、アメリカ人環境史家のジョン・スティルゴー(John R. Stilgoe)が「ランドスケープ」の語源は現在のオランダ北部から北ドイツの海岸地帯にかけての海抜の低い地域で使われていたフリジリア語の「ランドショップ(landschop)」ではないかと紹介している。そしてランドショップの「ショップ」というのは「スコップ」なのではないか、さらにはシャベルで土を掘って海に放り投げ埋め立てていく行為がその語源なのだと主張しており、つまりこれに従うと、ランドスケープは埋立地、そもそもは人工の土地であるとしている。この他、landskipからで、これが風光明媚な眺めを意味し、一方でLandscaftは人間の占有単位の意味だとしている。
分野的には1899年にはアメリカ造園修景家協会 (American Society of Landscape Architects, ASLA) が設立され、1929年にはイギリスランドスケープアーキテクト学会 (British Institute of Landscape Architects) が創設される。さらに1948年にはイギリスのケンブリッジにおける国際会議にて、国際造園修景家協会IFLA(International Federation of Landscape Architects)が結成されるにいたる。
日本ではランドスケープは前述の庭園手法によって造園の、また都市設計手法からは政治、建築の1分野とされてきた。景観、造園の意味合いとして、ガーデニングなどの普及も後押しし、一般化してきた。たとえばニューランドスケープとは現代写真用語であり、ニューランドスケープの代表的な作家としてジョエル・スタンフェルド、リチャード・ミズラックなどがいる。彼らのランドスケープはありふれた砂漠の風景のすぐそばに洪水で抉り取られた跡が映り込んだり、一見何気ない風景の中に環境破壊や人間の乱開発が美しい風景を危機に追い込んでいるさまを写し取る、あくまでもナイーブに告発調から離れた表現がなされる。日本の作家も大型カメラ(8×10)で山を切り出し高速道路を通して山肌をコンクリート固めした様子を発表し続けている柴田敏雄などがいる。またSAPの世界であれば、開発機で開発したプログラムを本番機に移送する、開発機と本番機の構成の事を、2ランドスケープ、開発機、検証機、本番機で3ランドスケープと呼ばれる。
なお、近代におけるランドスケープ・モデルは自然象徴だったが、脱工業化社会、ポストモダンにおけるモデルは生体象徴だと位置づけられている。近代においては「建設」が風景の方法としてあったのであるが、今後は風景のモデルの存立基盤も多様化し、工業的なランドスケープ(テクノスケープ)はむしろノスタルジーの対象として十分に風景モデルとして機能することも指摘されている。