ラマン効果
[Wikipedia|▼Menu]
回折格子で分光したエタノールのレイリー散乱(最も明るい輝線)とラマン散乱(ほかの輝線).

ラマン効果(ラマンこうか)またはラマン散乱は、物質に光を入射したとき、散乱された光の中に入射された光の波長と異なる波長の光が含まれる現象。1928年インドの物理学者チャンドラセカール・ラマンとK・S・クリシュナン(英語版)が発見した。
概要

ラマン効果は、入射するフォトンと物質との間にエネルギーの授受が行われるために起こる光の非弾性散乱である。ラマン効果による散乱光と入射光とのエネルギー差は、物質内の分子や結晶の振動準位回転準位、もしくは電子準位のエネルギーに対応している。分子や結晶はその構造に応じて分子振動や光学フォノンなど、特有の振動エネルギーを持つため、単色光源であるレーザーを用いることで物質の同定などに用いられている(ラマン分光法)。

物質に光が入射すると,ある確率で散乱光が発生し,入射光とは異なる方向に進むようになる。このとき,散乱光のほとんどは弾性散乱(レイリー散乱)となり, 散乱された光子は入射された光子と同じエネルギー(すなわち同じ振動数, 波長, 色)を持つ。レイリー散乱は光源の0.1%から0.01%の強さで発生するが,さらに微弱な割合(1千万分の1程度)は非弾性散乱となり,入射する光子とは異なるエネルギーを持つ。これがラマン散乱である。エネルギー保存則から, この現象によって物質はエネルギーを獲得したり失ったりする。

レイリー散乱は19世紀に発見され説明された。ラマン効果はインドの物理学者チャンドラセカール・ラマンの名前に由来する。ラマンは1928年に, 彼の学生K・S・クリシュナンとともにこの現象を発見した。この発見によってラマンは1930年にノーベル物理学賞を受賞した。ラマン効果は1923年にアドルフ・スメカル(英語版)が理論的に予測していた。
歴史

入射光と等しいエネルギーの光が散乱光となる弾性散乱は,19世紀から知られるレイリー散乱に加え,1908年に発見されたミー散乱がある。

光の非弾性散乱は1923年にアドルフ・スメカルによって予言され, 古い独語文献ではスメカル・ラマン効果と呼ばれている。1922年, インドの物理学者チャンドラセカール・ラマンは「分子による光の散乱」という論文を出版し, それは最終的に1928年2月28日のラマン効果の発見につながった。ラマン効果の最初の報告はラマンと彼の共同研究者のK・S・クリシュナンによるものと、グリゴリー・ランズベルク(英語版)とレオニード・マンデルスタム(英語版)がモスクワで1928年2月21日に出したもの (ラマンとクリシュナより1週間早かった)である。ソビエト連邦ではラマンの貢献は常に議論されてきた。従ってロシアの科学的文献では通常、 この効果は"combination scattering"や"combinatory scattering"と呼ばれている。ラマンは1930年に光の散乱に関する業績でノーベル賞を受賞した。

1998年にラマン効果は, 液体, 気体, 固体の組成を解析するツールとしての有用性が認められ, 米国化学会によってNational Historic Chemical Landmarkに指定された。
原理詳細は「光散乱」を参照

ラマン効果は光と物質の相互作用に伴う光散乱現象のひとつである。下記のとおり古典論では分極率の変調による光周波数変化に対応するが、共鳴効果や選択則、強度などを考えるには量子論による取り扱いが必要である。
古典論

古典的には、ラマン効果は光が物質に入射した時、固体や分子の振動・回転等により光が変調され、その結果生じたうなりが、もとの波長とは異なる波長の光として観測されることに対応する。

一般に、原子・分子に光が照射されると、光電場によって電気双極子モーメント P = α E {\displaystyle {\begin{aligned}{\mathit {P}}=\alpha {\mathit {E}}\end{aligned}}} が誘起される。αは分極率、E は光の電場である。

ここで、分極率αが、分子のある振動(振動数νvibであるとする)によって

α = α 0 + α 1 cos ⁡ 2 π ν v i b t {\displaystyle {\begin{aligned}\alpha =\alpha _{0}+\alpha _{1}\cos 2\pi \nu _{vib}{\mathit {t}}\end{aligned}}} のように変化していたとする。(t は時間)
また入射光の電場E が振幅E0 、振動数νinを用いて

E = E 0 cos ⁡ 2 π ν i n t {\displaystyle {\begin{aligned}{\mathit {E}}={\mathit {E}}_{0}\cos 2\pi \nu _{in}{\mathit {t}}\end{aligned}}}

と書けたとする。

このとき、誘起双極子モーメントP は

P = α E = ( α 0 + α 1 cos ⁡ 2 π ν v i b t ) E 0 cos ⁡ 2 π ν i n t = α 0 E 0 cos ⁡ 2 π ν i n t + 1 2 α 1 E 0 cos ⁡ 2 π ( ν i n − ν v i b ) t + 1 2 α 1 E 0 cos ⁡ 2 π ( ν i n + ν v i b ) t {\displaystyle {\begin{aligned}{\mathit {P}}&=\alpha {\mathit {E}}=(\alpha _{0}+\alpha _{1}\cos 2\pi \nu _{vib}{\mathit {t}}){\mathit {E}}_{0}\cos 2\pi \nu _{in}{\mathit {t}}\\&=\alpha _{0}{\mathit {E}}_{0}\cos 2\pi \nu _{in}{\mathit {t}}+{\frac {1}{2}}\alpha _{1}{\mathit {E}}_{0}\cos 2\pi (\nu _{in}-\nu _{vib}){\mathit {t}}+{\frac {1}{2}}\alpha _{1}{\mathit {E}}_{0}\cos 2\pi (\nu _{in}+\nu _{vib}){\mathit {t}}\end{aligned}}}

となり、ここで出てきた第2項・第3項がラマン散乱光に対応する。実際には、電場は3次元空間のベクトルであり、分極率は6つの独立な成分を持つ2階の対称テンソルである。

ラマン散乱にはレイリー散乱の振動数より低くなったストークス成分と、レイリー散乱の振動数より高くなった反ストークス(アンチ・ストークス)成分があるが、上式の第2項がストークス成分・第3項が反ストークス成分となる。
量子論ストークス・反ストークスラマン散乱過程と、レイリー散乱、赤外線吸収の各光学過程

量子論による描像では、入射光・ラマン散乱光の2個の光子により、振動準位が中間状態を経由して変化する。

このうち、振動基底状態から振動励起状態への遷移がストークス成分、振動励起状態から振動基底状態への遷移が反ストークス成分となる。このことから、ラマン散乱のストークス・反ストークス成分の強度比は物質が各々の振動基底状態振動励起状態をとる確率の比を反映することになる。

自然放出による自発ラマン散乱の場合、クラマス-ハイゼンベルク-ディラック(KHD)の分散式断熱近似Placzekの分極率近似より、ラマン散乱が起きる確率(もしくは強度)は、古典論における分極率テンソルの変調成分(上述のα1)に対応した量であるラマン散乱テンソルaで表される。ラマン散乱テンソルaのσ、ρ成分は次のように表される。

a ρ σ = ∑ e ≠ m , n { ⟨ m 。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:37 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef