ラスク書簡
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.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ウィキソースにラスク書簡の原文があります。1968年当時のディーン・ラスク

ラスク書簡(ラスクしょかん。Rusk documents)は、第二次世界大戦後、サンフランシスコ講和条約を起草中であったアメリカ合衆国政府大韓民国政府からよせられた日本国領土や、韓国政府が戦後に享受する利益に関する要望書に対し、1951年8月10日、米国が回答した文書。当時の米国国務次官補ディーン・ラスクから通達されたことからラスク書簡と呼ばれる。原本はアメリカ国立公文書記録管理局 (NARA)に保管されている。

現在、日本政府と韓国政府の間で竹島(韓国名:独島)の領有権をめぐる対立(竹島問題)があるが、この文書では、米国が竹島に対する韓国政府の要望を明確に退けているとして、日本はサンフランシスコ講和条約において竹島が日本領として残されたことを裏付ける資料の一つとしている[1]

韓国側では保坂祐二教授はラスク書簡は秘密裏であったため無効としているが、国際法の金明基教授はサンフランシスコ講和条約の解釈の補足として使用できるが、書簡が日本の詐欺に基づくため無効とする[2]。無効という結論は一致しているが、その根拠は定まっていない。なお、韓国政府は公開後もラスク書簡に関する見解は出していない。
要旨

韓国政府から米国政府への要求は大きく分けて以下の3つであった。[3]
竹島波浪島に対するすべての権利、主権及び請求権を1945年8月9日(注: 日本によるポツダム宣言受諾)の時点で放棄したことにすること。

在韓日本資産を韓国政府および米軍政庁に移管すること。

マッカーサー・ラインの継続を日本国との平和条約で認めること。

しかし、米国政府はこの書簡の中で、在韓日本資産に関して米軍政庁の処理を認めるように記述を修整することを認めたが、竹島に関する要求、マッカーサー・ライン継続の要求には同意しなかった。竹島については普段は居住者がいない岩礁で、一度も韓国の一部となったことはなく、1905年以降島根県の管轄下にあり、韓国からの領土権の主張は過去になされていない、とアメリカが認識している旨を韓国に回答している[4]
ラスク書簡に関連する出来事「竹島問題」も参照

1946年1月29日 

連合国総司令官は「SCAPIN677」を発布し、指令における日本の範囲から竹島を除外し、日本の施策権を停止した。ただし、ポツダム宣言における連合国が決定する日本の主権の範囲の解釈としてはいけないと明記された。 

1947年3月19日?1949年11月2日

連合国を代表して国務省がサンフランシスコ条約の草案を作成。この期間、大韓民国政府による「竹島は日本の領土の範囲から除外されると共に、日本が放棄する領土に含めらる」とした要望書が提出された。

1949年11月14日

日本在留中の米国務省の政治顧問ウィリアム・シーボルトが、「竹島に関する日本の主張は有効である」という電報を米国務省に送る。

1949年12月29日

国務省が、竹島を日本領土に含め、日本の放棄領土から竹島を除外したサンフランシスコ条約草案を作成。

この後に続く草案からは、日本の領土を規定する条項が削除され、日本が放棄する領土を規定する条項のみが残された。

1950年6月25日

朝鮮戦争勃発

1951年7月19日(外交文書)

草案に対して、梁裕燦・韓国駐米大使より米国政府に要望書が出される[5]

韓国はこの要望書の中で上記要旨記述の3点の要求を行った。また、この時の米国大使との会談では、それらの島が韓国併合前に大韓帝国の領土であったならば、韓国の領土とすることに問題はない旨の返答を受けた[6]

1951年7月31日

国務省地理局のボグスはダレス特使の補佐官をしていたロバート・フィアリーに「ワシントン中の全ての資料をあたったが、独島も波浪島も見つけることができなかった」と報告。

1951年8月2日(外交文書)

再度韓国大使より要望書が米国政府に提示される。

1951年8月7日

ダレス特使からムチオ駐韓大使宛てに「我々の地理学者も韓国大使館も独島と波浪島の位置を突き止めることができなかった。このため、直ちに確認できない限り、これらの島に対する韓国の主権を認めるという彼らの提案を考慮することはできない」と電報を送付。

1951年8月10日(外交文書)

韓国からの要望書について、米国国務次官補ディーン・ラスクからの当該書簡が、米国政府から韓国政府に提示される。

1951年9月8日

日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)調印

1951年12月5日

SCAPIN-677/1 [7]

1952年1月18日

韓国が李承晩ラインを宣言

1952年4月28日

日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)が発効

1952年11月27日

米国務省極東局東アジア課長が駐韓アメリカ大使館宛てに、「合衆国政府がラスク書簡を韓国大使に伝達した結果、条文が修正されず竹島の日本保持が確定した」と通知。[14] ⇒[15]

1952年12月4日

上記の通知に基づき、駐韓アメリカ大使が韓国政府外務部へ口上書(No.187文書)を送付。この口上書で、『大使館は、外務部の書簡「独島(リアンクール岩礁).....は大韓民国の領土の一部である。」に含まれる声明に関心を持ちます。合衆国政府のこの島の領有状態への認識は、1951年8月10日ワシントンの韓国大使へのディーン・ラスク次官補の書簡に述べられました。』とし、ラスク書簡が合衆国政府の認識であるとしている。[8]

1953年2月4日

済州島沖で第一大邦丸事件発生。

1954年8月15日

朝鮮戦争を指揮したヴァン・フリートアイゼンハワー第34代米大統領の特命大使として日本、台湾、韓国、フィリピンを訪問し機密文書ヴァン・フリート特命報告書を作成[9]

サンフランシスコ平和条約後の同条約に対する米国政府内部の見解として、以下の点が確認される。

一方的な領海宣言(李承晩ライン)は違法である

米国は大韓民国に、米国の独島に関する立場(=独島は1905年以来、日本の管轄下にある)を秘密裡に伝達したが、米国の見解は公表されていない(The Republic of Korea has been confidentially informed of the United State position regarding the islands but our position has not been made public.)

この領土問題は国際司法裁判所を通じて解決されることが望まれる

1954年9月25日

日本が韓国に対して国際司法裁判所への付託を提案

1954年10月28日

韓国が日本の国際司法裁判所への付託提案を拒否

1955年

韓国外務部政務局によって『獨島問題概論』が出版された。その中で、1952年のNo.187口上文書を添付資料としたがラスク書簡の再通知部分はetc.として省略される[8]

1960年4月27日

当時の駐日大使であったマッカーサーが、李承晩政権から次の政権へ移行するタイミングに合わせて米国国務省に機密電文3470号で日韓関係の懸案事項の早期解決に動くべき、即ち、韓国政府に人質となっている日本人漁師を解放させること、韓国領海外の公海上で日本の漁船を拿捕する行為をやめさせること、日本の領土である竹島を日本に返還させること、を提言[10]

1978年4月28日

国務省が「アメリカの対外関係資料 1951年 第6巻(アジア・太平洋編)(Foreign relations of the United States(FRUS), 1951. Asia and the Pacific Volume VI)」を発刊し、ラスク書簡の存在及び概要が明らかとなった。また、日本でも報道がなされた[11]

ラスク書簡による米国政府の回答


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