ラジオ・テレビ欄
[Wikipedia|▼Menu]
.mw-parser-output .hatnote{margin:0.5em 0;padding:3px 2em;background-color:transparent;border-bottom:1px solid #a2a9b1;font-size:90%}

この項目では、テレビラジオなどの放送にまつわる情報をまとめたものについて説明しています。

公営競技における競走(レース)を記した番組表については「出走表」をご覧ください。

競馬の番組表については「出馬表」をご覧ください。

競馬場において配布される出走表については「レーシングプログラム」をご覧ください。

オートレースの番組表については「出走表 (オートレース)」をご覧ください。

劇場演芸場映画館などの演目表については「プログラム」をご覧ください。

その他の類似の用語については「タイムライン」、「タイムテーブル」、「スケジュール」をご覧ください。

番組表(ばんぐみひょう)ないしは(放送)番組時刻表((ほうそう)ばんぐみじこくひょう)[1]とは、放送番組にまつわる情報を記録したのこと。放送事業者が番組の組み立て(編成)のために用いるものと、一般視聴者向けのガイドとしてのものの2種を指す。後者は新聞雑誌インターネットなどに掲載される。

日本では放送の番組表をタイムテーブルと呼ぶことがあるが、これは日本独自の言葉の用法(和製英語)である[注釈 1]。また、日本の新聞の番組表(番組欄)は、「ラジオ・テレビ欄」を略し、「ラテ欄」と呼ばれている。
概要
書式
内容

番組表には、主に以下の情報が記載される。

番組名前

番組の開始・終了時刻

番組のジャンル

出演者(司会者ドラマの配役など)の名前

主要なスタッフ脚本家監督、制作団体)の名前

動画・音声形式の区別、あるいはその導入の有無

字幕情報および、音声多重放送の言語の種別[注釈 2]

解説放送2か国語放送


編成上の特異点 - 新番組・最終回再放送特別番組

その他の詳細な内容

映画ドラマ等のあらすじ、制作国および制作年


期間の範囲

日本を例に取ると、1つの媒体あたりの掲載期間には、次のようなものがある。

1

新聞のラジオ・テレビ欄 - 夕刊には、発行日の夕方頃からの番組情報のみが記載される。


1週間

電子番組ガイド(EPG)

ポータルサイト

放送局自身のウェブサイト[注釈 3] - ラジオ放送局は、基本番組表(後述)であることが多い。

新聞の別刷り

週刊テレビ情報誌


2週間分

隔週刊テレビ情報誌


1か月

ラジオ放送局、有料放送管理事業者ケーブルテレビ事業者など、放送事業者自身が広報のためにパンフレット形式で発行またはインターネット配信するもの(上記の「タイムテーブル」は多くはこれを指す)[注釈 4] - 印刷されたものの場合、放送局および提携施設での備え置き配布のほか、多くの放送局では、切手を同封した封書で請求することで入手可能である。基本番組表(後述)であることが多い。


3か月分

季刊雑誌・ムック - 番組表関連の書籍の項目において後述。

放送事業者自身が広報のためにパンフレット形式で発行またはインターネット配信するもの[注釈 4] - 上述に同じ。基本番組表(後述)であることが多い。


チャンネルの範囲

放送局自身の発信では、自局の放送のみの掲載となる。
視聴文化と番組表

視聴文化は国によって違いがある。日本ではキー局を軸に全国一律に番組配信が行われ、視聴者が視聴したい番組を、新聞の番組表などによって決定する文化がある[2]。日本では番組情報は限られたメディアでしか掲載することが認められていない[2]

一方、アメリカではケーブルテレビが発達しているため圧倒的に多チャンネルであり、さらにテレビなどを通じたVOD(ビデオオンデマンド)やオンライン動画配信も発達している[2]。そのため多チャンネルに対応した統合的なガイダンスツールが普及しており、5500万世帯が単一画面EPG、2700万人がオンライン・ガイダンス・ウェブサイトを利用している[2]。また米国ジェムスター社の調査によるとアメリカでは事前に視聴番組を決定することよりも、当日の視聴時に視聴番組を決定する人が多い[2]。その背景にはアメリカでは番組のレコメンデーションに制約がなくオープンであることがある[2]。そのため日本のようにキー局を軸に全国一律に番組配信が行われ、新聞のラテ欄などでその番組情報が提供され視聴番組を決定する文化とは様相が異なる[2]

新聞・雑誌で手に入れにくい番組表は、放送局が公表する番組表を手に入れることによって解決する。例えば、遠方にあるラジオ放送局の電波を、性能の良いアンテナと受信機で受信する場合は、放送局が公表する番組表が便利である。ウェブで検索するときの検索語は、「基本番組表」または「タイムテーブル」が良いが、この検索語だけだとたくさん検索結果が出てきてしまうので、この2つのうち1つの語を入力し、そのあとにスペースを一つ入れて、放送局を表す言葉を続けて入力し、検索すると良い。

ラジオ放送局自身が広報のためにパンフレット形式で発行する番組表=「タイムテーブル」においては、話題を仕掛けたい曲のタイトルを(「ヘヴィー・ローテーション」として)掲載する場合がある。
日本における番組表

この節では、日本における番組表の実態(放送局における編成、新聞などの一般向け媒体での掲載事例)について述べる。表記法については番組表の表記法の項目において後述する。
番組編成と実際の放送

日本では、放送局によって、特別な番組編成を反映しない1週間分の番組表=「基本番組表」を公表する例が多い。基本番組表には、番組の名前、開始・終了時刻のほか、番組のレギュラースポンサーの名前、レギュラー出演者などの情報が記載される。放送分によって異なる情報(ゲスト出演者など)は基本番組表には記載されない。特別番組や番組内容の変更などがあれば、基本番組表に記載された予定は当然変更される。

放送業務の日付管理は番組表に基づく。ほとんどの局では、0時00分を番組表上の日付境界とせず、多くは翌日5時00分を日付の境界とし、そこから翌日の放送としている。この「日替わり時刻」を境に主調整室で翌日の送出プログラムに切り替える「日替わり処理」を行う。このため、番組表では「0時00分 - 5時00分」ではなく「24時00分 - 29時00分」の時刻表記が使われることがある[3][注釈 5]

テレビ放送黎明期までは、技術的な制約で生放送主体だった事情から、番組表通りに番組が開始・終了することがまれで、遅れて始まり、遅く終わることがしばしばだった。プロ野球中継などの延長放送は、このかつての傾向の名残りである。放送番組審議会の設置が義務付けられるようになった1959年以降、各局では、テレビ番組の定時化を励行する風潮が強まり、NHKでは、毎時00分に放送されるニュースの時間を決して動かさずに、ラストシーンまで進まなかった前番組のドラマをそのまま打ち切るなどの「荒療治[4]」に取り組んでいた。この路線をやや柔軟化させたのがNHK編成部長の坂本朝一で、日付は定かでないが、1959年か1960年ごろの巨人阪神戦中継で、22時00分に放送すべきニュースを開始せずに、野球中継の延長を断行した(本来、NHKにおいて番組表の変更は、NHK会長の決裁を仰ぐ必要があったが、プロ野球中継の枠は基本番組表の編成に含まれていたため、編成部長の独断でできた)[4]
新聞の番組表

日本の新聞の番組表(番組欄)は、「ラジオ・テレビ欄」を略し、「ラテ欄」と呼ばれている。限られた空間を利用して情報を提供するために、番組表には制作者(各番組のプロデューサーや編成部の担当者など[5])によるさまざまな工夫がなされている。
ラテ欄の歴史

ラジオ試験放送期間中の1925年6月、東京毎夕新聞社によってラジオ番組紹介専門の新聞『日刊ラヂオ新聞』が創刊されたのが、新聞における番組表掲載の端緒である[6][7]

一般紙における番組表掲載は、同年11月、読売新聞が別刷りの『よみうりラヂオ版』を設けたのが最初であると見られている[6][7]。その後都新聞二六新報が追随し、遅れて1931年、東京朝日新聞東京日日新聞時事新報が別刷り番組表の発行を開始した[6]。この当時は放送局がNHK東京中央放送局)しかなく、番組表は一般の記事と同じ縦書きのレイアウトで書かれた。需要を奪われた『日刊ラヂオ新聞』は、1933年か1934年頃に廃刊したとみられている[7]

読売の別刷りラジオ番組表は、当初は番組内容の解説、流れた楽曲の歌詞、評論なども掲載された[6]が、戦時色が濃くなるに従って内容が縮小していき、1941年頃に番組表のみの1ページ刷りとなった[7]

新聞本体に組み込まれるようになった経緯ははっきりしないが、民間放送が本格的に開局するころには、横書き・時間別のタイムテーブルで掲載されるようになった。ラジオ放送初期の頃、民放局についてはは当該地区の終日の番組表以外に、それ以外の主要地域のラジオ局の夜の番組表を載せていた新聞もあった。また、「ニュース」の放送時間を、番組表内ではなく、別枠に掲載していた新聞もあった[8]

テレビ欄が新聞にはじめて掲載されたのは1953年2月1日で、これを掲載した読売新聞ではスポーツ欄の片隅に番組表が組み込まれていた。このときはラジオが上でテレビ欄はその下に小さく記載される程度であった。テレビ開局当時の1950 - 1960年代も引き続いてラジオがメイン(フルサイズ)で、テレビは極小サイズ或いはハーフサイズというケースが多かった。テレビが本格普及し、各地に続々と開局していくと、テレビをメインにして、ラジオはハーフサイズとする傾向が増える。この頃、新聞社と資本関連がある放送局の番組表には末尾にスポンサーが書かれたものがあった[9]

その後、番組表は時代に合わせて必要な情報を盛り込んでいく。カラー化した番組の少ない時代には番組表には「カラー」の表記がされ、逆にほとんどがカラー化されると「モノクロ」の表記がされた。ステレオ放送が少数だった時代にはそれを示す記号が付与された。

1966年、赤旗がラテ欄を最終ページに掲載し読者の利便を図ると一般紙各紙も追随。ラテ欄終面掲載は日本の一般紙等の標準形態となった。

紙面にカラー印刷を使えるようになってから、新聞社と提携している放送局の全番組や、その日の注目番組(主に番組表の外側に広告や紹介があり連動している[10])などの背景に目立つ色(ピンクや黄色など)を使用したり、スポーツ・映画(洋画と邦画で色を変えることも)・料理などジャンル別に塗り分ける試み(特にスポーツ新聞)も出てきた。

1990年代に入ると、衛星放送の本格スタートで、多くはテレビ面とラジオ面とに分けて掲載するようになる(一般に地上波テレビ面〔NHKと民放のうち在京キー局系衛星放送WOWOWプライム含む〕は最終面、ラジオ面・独立系民放衛星放送〔WOWOWライブ、シネマやCSの一部を含む〕は紙面の中間に掲載されている。ただし地方紙では地上波とNHKのBSを最終面、在京キー局系を含む民放BS・CSを中間面に掲載するものもある)。なお2011年7月24日のデジタル完全移行(地上波の福島県宮城県岩手県2012年3月31日まで延期)後は、一部地方紙を除き、在京キー系列の民放BSの番組表を地上波と同じ頁で掲載することが増えている。

録画予約を簡単にするための数字であるGコードは、日本では1992年から朝日新聞など一部の夕刊で掲載された。その後朝刊にも掲載し、徐々に普及していった。その後、電子番組表の普及によりGコードを用いた録画予約需要が薄れたことから(デジタル放送ではGコードが利用できない)、新聞及びテレビ情報誌ラテ欄へのGコード掲載は2011年7月23日付を最後に終了した(岩手・宮城・福島3県で購読されているものも含む)。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:163 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef