ラジオシャック
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この項目では、企業ラジオシャックについて説明しています。スポンサードしている自転車競技のチームについては「チーム・レディオシャック」をご覧ください。

「タンディ」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「タンディ (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ラジオシャック・コーポレーション
RadioShack Corporation
種類公開会社
市場情報NYSE: RSH
S&P 500 Component
本社所在地 アメリカ合衆国
テキサス州フォートワース
設立1921年
業種小売
事業内容家庭用電気機械器具販売
代表者Daniel Feehan(会長
Jim Gooch(社長CEO
売上高 44億7300万ドル (2010)[1]
営業利益 3億7500万ドル (2010)[1]
純利益 2億600万ドル (2010)[1]
総資産 2億1750万ドル (2010)[1]
従業員数36,400人 (2010)[1]
支店舗数7,150以上[2]
外部リンク ⇒RadioShack.com
Corporate site
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典型的な単独店舗型のラジオシャック店ショッピングモール内のラジオシャック店

ラジオシャック[3](RadioShack Corporation、NYSE: RSH)は、家電販売店のチェーンをアメリカおよびヨーロッパの一部、南アメリカやアフリカで展開している企業である。2008年現在、売上高は48億1000万ドルである。ラジオシャックの本社はテキサス州フォートワース中心部にある[4]

ラジオシャックの現在のストアブランドとしては、RadioShackブランド製品(部品、アダプタ、電話、その他の古くからの製品)、AntennaCraft(アウトドア用アンテナとアンプ)、Auvio(AVケーブル、液晶テレビ、ヘッドフォン、サージ防護機器、スピーカー)、Enercell(電池、電源関連製品)、Gigaware(コンピュータ、GPS、iPodアクセサリ、MP3プレーヤー、デジタルカメラ、デジタルピクチャーフレーム)、PointMobl(携帯電話アクセサリ)がある。

かつて存在したブランドとしては、Accurian(AV機器、アクセサリ)、MyMusix(MP3プレーヤー、現在はGigawareブランド)、Kronus(工具)、Optimus(オーディオ機器、PA/DJ機器、後にはデジタルカメラのアクセサリ)、Presidian(AV機器、電話、懐中電灯、電卓、ラジオ)、VoiceStar(携帯電話アクセサリ)、Archer(配線、アンテナ)、Duofone(電話とアクセサリ)、Micronta(実験用および教育用の機器)、Realistic(音響機器)があった。

2002年から2006年まで、テキサス・モーター・スピードウェイで開催された NASCAR スプリントカップ・シリーズのレースサムスン/ラジオシャック500(英語版)のスポンサーを務めた。2009年、ランス・アームストロングヨハン・ブリュイネールを擁する新たな自転車競技チームであるチーム・レディオシャックのメインスポンサーとなった[5]
歴史
最初の40年間

1921年、マサチューセッツ州ボストンで、セオドアとミルトンのドイッチェマン兄弟が Radio Shack として創業。彼らは最先端領域であるアマチュア無線の機器を提供しようとした[6]。ボストンの中心部(ボストン虐殺事件の現場付近)に店舗を構え、通信販売も行った。店の名称は船の「通信室」から取られている。船舶の通信士やアマチュア無線家を顧客にする店舗名にふさわしいと二人は考えた。この用語は当時既に普通に使われており、アマチュア無線では無線局の位置を指す用語となっていた。

1939年に最初のカタログを出し[7]、その後Hi-Fi音楽市場にも参入した。1954年、ラジオシャックは独自ブランド Realist の名で製品を販売するようになったが、間もなく訴えられ、ブランド名を Realistic に変更した。9つの店舗を構え通信販売も広く行ったが[8]、1960年代には苦境に陥った。ラジオシャックは基本的に倒産状態となったが、チャールズ・タンディ(英語版)はラジオシャックと家電の可能性を見抜き 30万ドルで買収した[9]
タンディ時代詳細は「タンディ・コーポレーション」を参照1974年-1995年に使われていたロゴ

1962年、ラジオシャックは元々は皮革製品を扱っていたタンディ・コーポレーションに買収され、タンディ・ラジオシャックと改称した。タンディはその後エレクトロニクス関連以外の部門を処分した。

1970年代から、タンディは子会社の InterTAN を通してイギリスで Tandy の名でラジオシャック型のチェーン店を展開。1999年、Carphone Warehouse がそれら店舗を買い取り、一部店舗は売却し、残りは自社店舗に改装した。

1973年にはオーストラリアにも進出。2001年、ウールワースがタンディのオーストラリア事業を買い取り、Dick Smith Electronics に吸収合併した。

1960年代から1980年代にかけて、ラジオシャックは月に1個の電池を無料で入手できるという "battery club" カードを販売していた。1990年代初めに全社的な刷新があり、廃止された。

ラジオシャックは、コモドールAppleと共にパーソナルコンピュータ革命を起こした企業である。TRS-80(1977年)、TRS-80 Color Computer(英語版)(1980年)といったホームコンピュータを製造販売した。さらにタンディはPC/AT互換機市場にも参入した。タンディのPC互換機は安価だがサウンド機能とグラフィック機能が優れていた。しかし、それもVGA規格とサウンドブラスターが業界標準となるまでで、1990年代初めにはタンディの互換機は対抗できなくなって自社ブランドの販売をやめた。

1970年、タンディはラジオの製造と小売チェーン店を運営する Allied Radio を買収し、小売部門を Allied Radio Shack というブランドにした。しかし連邦政府はこれを問題視し、Allied の小売チェーンを売却することになった。製造部門 (Allied Electronics) はタンディに残存し、1990年代に売却された。

ラジオシャックのもうひとつの大ヒットとして、Family Radio Service 製品がある。通信範囲の狭い携帯無線システムである(日本の法で言う特定小電力無線に相当)。1990年代中ごろから、携帯電話関連のコンポーネントに注力するようになった。

1993年、食品業界出身のレン・ロバーツがラジオシャック社長に就任した。1994年、45種類以上のブランドの電化製品の保証外の修理を安価に行うサービスを開始[10]。そのためにアメリカ各地に部品を備蓄し、119箇所に修理センターを設けている。これは顧客との関係を構築し、店に人を呼び込むための戦略であり、ロバーツは1999年までに修理事業で年間5億ドルの売り上げになると予測した[11]。2009年5月時点でもこのサービスは継続している。また、カナダでも同様のサービスを展開している。

1995年初夏、新たなロゴを導入した。
ラジオシャック・コーポレーションラジオシャックブランドのテープレコーダー

2000年5月、同社は名称から「タンディ」の名を外し、ラジオシャックに改称し、キャメルケースで綴って1つの単語にした。

また 2000年、ラジオシャックはRCAの製品を販売する協定を結び、独自ブランド Realistic や Optimus を廃止する。もっとも 1990年代初期には既に Realistic の名で製品を自社開発することをやめていた。RCAとの契約が2004年に終わると、ラジオシャックは独自ブランド Presidian と Accurian を販売品目に加え、一時的に Optimus も復活させた。他にバッテリーについての独自ブランド Enercell がある。

2004年初め、ラジオシャックは Fix 1500 というプログラムで、全社で在庫問題と収益性を改善しはじめた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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