ライヴエイド
LIVE AID
概要
開催年1985年7月13日 (38年前) (1985-07-13)
会場英国会場
イギリス
ブレント区ウェンブリー
ウェンブリー・スタジアム
米国会場
アメリカ合衆国
ペンシルベニア州フィラデルフィア
JFKスタジアム
主催ミッジ・ユーロ
ボブ・ゲルドフ
ジャンルロック
ポップ・ミュージック
外部リンク
⇒公式サイト
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ライヴエイド(LIVE AID)は、「1億人の飢餓を救う」というスローガンの下、「アフリカ難民救済」を目的として、1985年7月13日に行われた、20世紀最大のチャリティーコンサート。「1980年代のウッドストック」とも一部でいわれていたが、その規模をはるかに超越したものとなった。2004年にDVDとして発売された。 バンド・エイドを提唱したブームタウン・ラッツのリーダーボブ・ゲルドフが中心となって開催されることとなり、その呼びかけに賛同した多くのミュージシャンが国とジャンルを越えて参加した。
経緯
概要
メイン開催場所:イギリス、ロンドン郊外ウェンブリー・スタジアムアメリカ合衆国、フィラデルフィア、JFKスタジアム※日本でも協賛する形で、解説とは別に、独自にテレビでのミュージシャン出演が設定され、3元中継となる。なお、フィル・コリンズのように、ロンドンの会場に出演した後、超音速旅客機のコンコルドで移動し、フィラデルフィアの会場にも出演したミュージシャンもいた。
開催された日時:1985年7月13日(現地)日本での放送は、同年、同日夕刻から7月14日午前中まで。
開催総時間:計12時間に及ぶ[注釈 1]。計84か国に衛星同時生中継。録画放映分を含めて、140?150か国ともいわれている。
進行
ウェンブリーにて現地時刻正午(フィラデルフィアは午前 7時)に開始。前半はイギリスからのみ中継。
ポール・ヤングの出番の後、アメリカとの二元中継が始まり、カメラは一旦アメリカの方へ移る。以後イギリス・アメリカ会場とだいたい交互にアーティストが歌っていくことになる。
ウェンブリーは、途中でアメリカに移動したフィル・コリンズを除く全ての出演者がステージに登場し「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」を披露し大団円を迎えた。そして、ロンドンのナイトクラブにいるクリフ・リチャードにアメリカのライヴ再開まで歌で時間を繋いでもらう。
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの出番から完全にアメリカ中継。
アメリカ会場では最後まで残ったアーティスト達がステージに登場し、「ウィ・アー・ザ・ワールド」でライヴエイドのフィナーレを飾った。
その他、協賛した地域
オーストラリア
西ドイツ(当時)
日本
ソ連(当時)
ユーゴスラヴィア(当時)
ノルウェー
参加ミュージシャン(以下、順不同)
ウェンブリー・スタジアム
コールドストリームガーズ軍楽隊 - 当日、来賓として招かれたチャールズ3世(当時皇太子)とダイアナ妃を迎え入れるための演奏を担当。ちなみに、このライヴエイドの発起人である、ボブ・ゲルドフも、この2人と一緒に入場している。人権問題に大変な関心を寄せていたダイアナ妃の意向で、この2人の出席が実現した[注釈 2]。
ステイタス・クォー - このバンドの「ロッキン・オール・オーヴァー・ザ・ワールド
ザ・スタイル・カウンシル
ブームタウン・ラッツ - バンド自体は開店休業状態だったが「哀愁のマンデイ」など過去のヒット曲を披露。3曲目の「ラット・トラップ」はボブが、あまりの興奮のためにマイクのケーブルを抜いてしまい、歌声を消してしまった。そのため、この曲はDVD未収録。
アダム・アント