ヤンガービス・ソラーテ
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ヤンヘルビス・ソラルテ

ヤンハービス・ソラーテ

ヤンガービス・ソラーテ
Yangervis Solarteサンディエゴ・パドレス時代
(2016年6月22日)
基本情報
国籍 ベネズエラ
出身地カラボボ州バレンシア
生年月日 (1987-07-03) 1987年7月3日(36歳)
身長
体重5' 11" =約180.3 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席右投両打
ポジション内野手左翼手
プロ入り2005年 アマチュアFA
初出場MLB / 2014年4月2日
NPB / 2019年7月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


トマス・アルバ・エディソン高等学校

ニューヨーク・ヤンキース (2014)

サンディエゴ・パドレス (2014 - 2017)

トロント・ブルージェイズ (2018)

サンフランシスコ・ジャイアンツ (2019)

阪神タイガース (2019)

メキシコシティ・レッドデビルズ (2021)

ラグナ・ユニオン・コットンファーマーズ (2022)

国際大会
代表チーム ベネズエラ
WBC2017年
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■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

ヤンガービス・アルフレド・ソラーテ(Yangervis Alfredo Solarte[1], 1987年7月3日 - )は、ベネズエラカラボボ州バレンシア出身のプロ野球選手内野手外野手)。右投両打。

愛称は「セクシータイム(Sexy time)」[2]
経歴
プロ入りとツインズ傘下時代

2005年ミネソタ・ツインズと契約してプロ入り。

2006年に傘下のルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・ツインズでプロデビュー。53試合に出場して打率.278、2本塁打、29打点、2盗塁を記録した。

2007年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ツインズでプレーし、52試合に出場して打率.303、1本塁打、33打点、7盗塁を記録した。

2008年はまずA+級フォートマイヤーズ・ミラクルでプレーし、42試合に出場して打率.238、3本塁打、16打点、2盗塁を記録した。7月からA級ベロイト・スナッパーズ(英語版)でプレー。41試合に出場して打率.218、17打点、7盗塁を記録した。

2009年はA+級フォートマイヤーズで開幕を迎え、8月からルーキー級ガルフ・コーストリーグでプレー。9月にAA級ニューブリテン・ロックキャッツへ昇格し、3試合に出場した。

2010年はA+級フォートマイヤーズでプレーし、45試合に出場して打率.320、2本塁打、15打点、3盗塁を記録した。夏期にはルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ツインズでプレーした。

2011年はAA級ニューブリテンでプレーし、121試合に出場して打率.329、7本塁打、49打点、5盗塁を記録した。オフにFAとなった。
レンジャーズ傘下時代

2011年12月2日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。

2012年は傘下のAAA級ラウンドロック・エクスプレスでプレーし、130試合に出場して打率.288、11本塁打、54打点、3盗塁を記録した。オフの11月28日にレンジャーズとマイナー契約で再契約した[3]

2013年もAAA級ラウンドロックでプレーし、133試合に出場して打率.276、12本塁打、75打点、3盗塁を記録した。オフにFAとなった。
ヤンキース時代ニューヨーク ・ヤンキース時代
(2014年7月11日)

2014年1月12日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結び、4月2日にヤンキースとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[4]。メジャーデビューとなった同日のヒューストン・アストロズ戦では代打として出場し、2打数無安打に終わった[5]。4日の同カードではブレット・オーバーホルツァーからメジャー初安打を記録[6]。4月17日のタンパベイ・レイズ戦では、グラント・バルフォアからメジャー初本塁打を放った[7]。シーズン序盤は3割台を維持していたが、6月から不振に陥り打率は.260まで落ち込んだため、7月3日に傘下のAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースへ降格[8]。降格後は5試合に出場し、20打数12安打5打点、打率は.600を記録。7月10日にカルロス・ベルトランが故障で離脱したため、メジャーへ再昇格した[9]。ヤンキースでは75試合に出場して打率.254、6本塁打、31打点を記録した。
パドレス時代

2014年7月22日にチェイス・ヘッドリーとのトレードで、ラファエル・デポーラと共にサンディエゴ・パドレスへ移籍した[10]。移籍後はヘッドリーの移籍で空いた三塁を主に守り、56試合に出場。打率.336、4本塁打、17打点を記録した。

2015年は開幕ロースター入りを果たしたが、ウィル・ミドルブルックスの加入により三塁の定位置を奪われため、序盤は内野のユーティリティーとして起用され、レギュラー確保には至らなかった。5月に入ると、一塁手のヨンダー・アロンソが故障者リスト入りしたため、一塁のレギュラーに抜擢。アロンソは6月に復帰したが、ミドルブルックスの不調により、7月に三塁の定位置を奪取した。その後はシーズン終了まで三塁のポジションを確保し、三塁手としてはチームトップの92試合に出場した(ミドルブルックスは69試合)。この年は152試合に出場して打率.286、14本塁打、63打点、1盗塁を記録した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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