「タフマン」はこの項目へ転送されています。タフマンが愛称の元プロ野球選手については「米田哲也」をご覧ください。
株式会社ヤクルト本社
Yakult Honsha Company, Limited
本社が入居するウォーターズ竹芝
種類株式会社
市場情報東証プライム 2267
株式会社ヤクルト本社(ヤクルトほんしゃ)は、東京都港区に本社を置く、日本の飲料・食品・化粧品・医薬品メーカーである。マスコットキャラクターはヤクルトマン。コーポレート・スローガンは「人も地球も健康に」。 乳酸菌飲料メーカーとしては国内最大手。国外売上比率は4割。海外では39カ国・地域に進出している(2019年8月時点)[2]。 プロ野球チーム「東京ヤクルトスワローズ」(株式会社ヤクルト球団)の親会社である。そのため、杉浦享や青柳進、萩原多賀彦、五十嵐貴章、花田真人等の元スワローズの選手が何人か社員として在籍している。 また、陸上競技部(実業団)が存在。2007年(平成19年)からはbjリーグ(現B3.LEAGUE)「埼玉ブロンコス」のオフィシャルパートナーも務める。2013年(平成25年)からは日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)「ジェフユナイテッド市原・千葉」のオフィシャルパートナーを務める。 堀澄也までは『日本官僚制総合事典 : 1868-2000』による[8]。
概要
沿革
1930年(昭和5年) - 代田稔、乳酸菌「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」の強化、培養に成功。
1935年(昭和10年) - 現在の福岡市中央区唐人町で「代田保護菌研究所」を立ち上げ、ヤクルトの製造・販売を開始。初代社長は代田に賛同した永松昇。
1938年(昭和13年) - 「ヤクルト」の商標を登録。
1940年(昭和15年) - 販売組織「代田保護菌普及会」が各地に置かれる。
1955年(昭和30年) - (旧)株式会社ヤクルト本社設立、ヤクルトの製造販売を開始。
1960年(昭和35年) - クロレラを入れたクロレラヤクルトを発売。
1963年(昭和38年) - 主婦など女性を起用しての、「ヤクルトレディ(通称・ヤクルトおばさん)」による販売を開始。
1964年(昭和39年) - 初の海外事業所として、台湾ヤクルトが営業開始。
1968年(昭和43年) - ヤクルトの容器をそれまでのガラス瓶から、現行のプラスチック容器に変更。
1970年(昭和45年) - プロ野球・株式会社ヤクルト球団の親会社となる。
同年 - 発酵乳「ジョア」を発売。
1972年(昭和47年) - 現・ヤクルト本社が(旧)株式会社ヤクルト本社を吸収合併。いわゆる株式額面変更目的の合併。
同年 - 本社を東京都中央区八丁堀から汐留 (港区東新橋)に移転。
同年 - いわゆるヤクルトレディーによる「愛の訪問活動」を開始。
1974年(昭和49年) - スーパー等の量販店でパック売りを始めて売り上げを伸ばす。
1978年(昭和53年) - ビフィズス菌による発酵乳「ミルミル」を発売。
1980年(昭和55年) - 東京証券取引所第2部に上場。
1981年(昭和56年) - 東京証券取引所第1部に指定替え。
1998年(平成10年) - 熊谷直樹副社長(当時)による巨額損失事件発覚。会長・副社長が辞任。(後に副社長は特別背任罪により有罪確定。)「ヤクルト」が特定保健用食品の指定[3]。
2008年(平成20年) - 「ヤクルト」グッドデザイン・ロングライフデザイン賞。
2012年(平成24年) - アメリカ食品医薬品局、ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株をGRAS(一般的に安全と認められる)に認定[4][5]。
2016年(平成28年) - 世界の乳製品1日平均販売本数が3500万本となる。
2020年(令和2年)4月1日 - 本社を新橋から竹芝のWATERS takeshibaに移転[6]。旧館は日本消防協会に貸与される。
2021年(令和3年)11月27日 - 東京ヤクルトスワローズが日本シリーズで優勝、20年ぶりの日本一に輝く。公式サイトの「日本一記念施策を実施」のページにアクセスが相次ぎパンクする。
2027年(令和9年) - ちばリサーチパーク
歴代社長
永松昇:1955年4月 - 1963年3月
代田稔:1963年3月 - 1970年3月
松園尚巳:1970年3月 - 1988年3月
桑原潤:1988年4月 - 1996年6月
堀澄也:1996年6月 - 2011年
根岸孝成:2011年 - 2021年6月
成田裕
研究・製造拠点ヤクルト事業創業の碑。福岡市中央区唐人町1丁目8番のホークスとうじん通り沿い、成道寺北側にある。代田保護菌研究所はこの碑の付近にあった。2009年に子会社の福岡ヤクルト販売により同社創業50周年記念として建立された。
近年はスリム化のため工場の大規模化統合を進めていて、2015年には食品工場が本社5、子会社5に集約された。 福島工場を除き、一般の工場見学を予約制で受け付けている。少人数単位でも見学可能。
研究所
ヤクルト中央研究所(東京都国立市)
本社工場
福島工場(福島県福島市)
生産品目: 原料液、ミルミル、ミルミル?、ソフール
茨城工場(茨城県猿島郡五霞町)
生産品目: 原料液、Y1000
湘南化粧品工場(神奈川県藤沢市)
生産品目: 化粧品
富士裾野工場・富士裾野医薬品工場(静岡県裾野市)
生産品目: 原料液、ヤクルト1000、ジョア、医薬品
兵庫三木工場(兵庫県三木市)
2012年8月20日以降順次操業開始[9]
生産品目: 原料液、ソフール、ミルミル、BF-1、プレティオ
佐賀工場(佐賀県神埼市)
生産品目: 原料液、ミルミル?、Y1000
子会社工場
岩手ヤクルト工場(岩手県北上市)
千葉ヤクルト工場(千葉県四街道市)
愛知ヤクルト工場(愛知県日進市)
岡山和気ヤクルト工場(岡山県和気郡和気町)
福岡ヤクルト工場(福岡県筑紫野市)いずれの子会社工場も、生産品目はヤクルト類である。
閉鎖された工場
長崎ヤクルト工場(長崎県諫早市、2006年9月閉鎖)
ヤクルト本社札幌工場(北海道札幌市、2007年4月閉鎖)
岡山ヤクルト工場(岡山県岡山市、2007年5月閉鎖)
北陸ヤクルト工場(石川県石川郡野々市町、2007年8月閉鎖)
ヤクルト本社静岡工場(静岡県静岡市駿河区、2009年4月閉鎖)
ヤクルト本社京都工場(京都府宇治市、2012年8月閉鎖)
ヤクルト本社福山工場(広島県福山市、2012年9月閉鎖)
ヤクルト本社熊本工場(熊本県熊本市、2013年4月頃閉鎖)
大阪ヤクルト工場(大阪府寝屋川市、2015年閉鎖)
神戸ヤクルト工場(兵庫県神戸市西区、2015年閉鎖)
大分ヤクルト工場(大分県別府市、現:ヤクルト会館(ホテルサンバリー))
関連会社
ヤクルト薬品工業[10]
ヤクルト食品工業[10]
エーアンドジー
ヤクルトホール(旧ヤクルト本社ビルに併設されている多目的ホール 現在は日本消防協会の「ニッショーホール」)
ヤクルト球団[1](東京ヤクルトスワローズの運営会社)
ヤクルト商事[1]
ヤクルトマテリアル[1]
ヤクルトヘルスフーズ[1]