モディ
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インドの政治家、首相については「ナレンドラ・モディ」をご覧ください。

モディ(modi、MODI)は、丸井が経営するエンクローズド(共同店舗型)ショッピングモール目次

1 概要

2 店舗

2.1 町田モディ

2.1.1 町田モディの立地の歴史


2.2 戸塚モディ

2.3 渋谷モディ

2.4 柏モディ

2.5 静岡モディ


3 かつて存在した店舗

3.1 立川モディ

3.2 川越モディ


4 脚注・出典

5 外部リンク

概要

2006年9月東京都町田市に最初の店舗をオープンし、2020年2月現在、首都圏などに5店舗を有する。いずれも、丸井の店舗を受け継ぐ形で開店した。

「modi」とは、ラテン語で、旋律、調和を意味する。専門店街であるが、当初は丸井同様、ファッション関連に重点を置いていた。しかし、2015年11月19日に渋谷に2館あったマルイのうち、マルイシティ渋谷をリニューアルし「渋谷モディ」をオープンするにあたり、衣料品の割合を抑え、食品、飲食、雑貨等の比率を高め、コト消費を中心とするSC型店舗として位置付けた。この渋谷モディでは、それまでの「modi」ロゴとは異なる新しい「MODI」ロゴを採用し、その後開業した柏、静岡もこのロゴを採用した。その後は新ロゴへの統一を徐々に行っているようで、町田などでは新旧のロゴが店舗内外で混在している。

当初は丸井グループエイムクリエイツにより経営されていたが、2019年4月1日に丸井へ経営が移譲された。
店舗
町田モディ 町田モディ 町田モディと町田マルイ

町田モディ(町田modi、まちだモディ)は、東京都町田市原町田6-2-6にある。マルイビィ町田をリニューアルして、2006年9月28日に開業した。小田急町田駅西口直結、JR横浜線町田駅中央口北口斜め向かい。町田駅および丸井、小田急百貨店町田東急ツインズルミネなどとはペデストリアンデッキで結ばれている。

施設概要

地上10階、地下3階建て(地下3階?10階および屋上の全14フロアで構成)

敷地面積:2,066m2

延べ面積:26,730m2

契約駐車場を含み、732台収容できる駐車場がある。



フロア構成

地下3階 - 従業員用施設、リサイクルセンター

地下2階 - ビューティー[1][2]、ヨガ、従業員用施設

地下1階 - インテリア生活雑貨キッチン雑貨、ファッション雑貨

1階 - ファッション、雑貨、カフェ

2階 - セレクトショップ、ファッション雑貨(夜9時以降[3]の出口は2階正面口である)

3階 - ファッション、雑貨、カフェ

4階 - ファッション、雑貨、リラクゼーション、旅行

5階 - ロフト、ビューティー、リラクゼーション

6階 - ロフト

7階 - クロサワ楽器タワーレコード(音楽・映像)、シュ?ズ、エステ

8階 - 有隣堂書店)、Gaba マンツーマン英会話英会話教室)、カメラ・証明写真、眼科、コンタクトレンズ

9階 - modi dining(レストラン街)、保険、占い

10階 - modi dining(レストラン街)

屋上 - 屋上広場(平常時は閉鎖されているが、2009年10月11日に開催されたクロサワ楽器主催のイベント時に特別解放されたほか、2015年以降は毎年春から夏頃までの期間限定でビアガーデン「ルガル・ア・アモール」が営業を行っている[4]


町田モディの立地の歴史

横浜線が開業し、小田急線が開業する前の1919年から、この土地を含めた周辺は、岡直三郎商店の醤油製造工場があった[5][6]。この地は、1889年3月31日まであった原町田村の南西端にあたり、当時は現在のように栄えていなかった。しかし、1927年4月1日に小田急線が開通し、新原町田駅(現:町田駅)が開業すると、周囲は開発が進んでいった。町役場から勧めがあり、醤油工場は1957年町田町(現:町田市森野に移転し[5]、跡地は区画整理をして、新原町田駅の駅前商店街となった[6]

1963年から[6]株式会社萩原商事によりスーパーマーケット静岡屋(後:シヅオカヤ)が平屋建て[要出典][7]営業した。

1971年大丸が現在地にビルを建て[6]10月に大丸町田店を開店し、シヅオカヤは地下2階に入った。この時は、町田映画劇場(映画館)が入っていた町映ビルに、連絡橋がかかっていたが、町田映画劇場が閉場するまでに取り壊された。当時はこの周辺に、これほどの高層ビルがなかったため、注目を集めることとなる。しかし、1976年には隣接地に小田急百貨店が開店し、大丸町田店は業績が振るわなくなった。1980年4月1日、国鉄(現:JR東日本)原町田駅が町田駅として移転し当地に近づき、小田急の町田駅と国鉄の町田駅を結ぶペデストリアンデッキから直接入店できるようになった。これを転機に町田大丸として分社化したうえで、プラザビーミーとしてリニューアルオープンし、この時にシヅオカヤは撤退した。1993年3月には、ペデストリアンデッキの混雑を緩和するため、町田市がプラザビーミー横から当時のまちだ東急百貨店新館(現:町田東急ツインズウエスト)までの部分にもペデストリアンデッキを新設した[8]。しかし、プラザビーミーにリニューアル後も周辺には、東急百貨店(現:町田東急ツインズ)、丸井、ルミネなどの大型店が開業したことで、プラザビーミーは2000年2月27日に閉店し、大丸は町田から撤退した。

その後、ペデストリアンデッキで結ばれている丸井が土地・建物共に買収した上で鉄骨などビル骨格部分以外を作り直し(実質的には改築に近い)、2001年2月21日にマルイビィ町田として開業した。その後、2006年9月28日にエイムクリエイツの経営による、町田モディとしてリニューアルオープンした。

なお、シヅオカヤについては、忠実屋およびグルメシティ関東を参照のこと。
戸塚モディ 戸塚モディ。


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