メタン菌(メタンきん、Methanogen)とは嫌気条件でメタンを合成する古細菌の総称である。英語ではmethanogenというように、正確な邦訳はメタン生成菌である。メタン生成古細菌とも呼ばれる。動物の消化器官や沼地、海底堆積物、地殻内に広く存在し、地球上で放出されるメタンの大半を合成している。分類上は全ての種が古細菌ドメインのユーリ古細菌に属しているが、系統樹上、ユーリ古細菌門の中では様々な位置にメタン生成菌種が分岐しており、起源は古いと推測される。35億年前の地層(石英中)から、生物由来と思われるメタンが発見されている。
メタン生成菌の特徴は嫌気環境における有機物分解の最終段階を担っており、偏性嫌気性菌とはいえ、他の古細菌(高度好塩菌や好熱菌など)とは異なり、他の菌と共生あるいは基質の競合の中に生育している。ウシの腸内(ルーメン)や、数は少ないものの人の結腸などにも存在し、比較的身近な場所に生息する生物として認知されている。また、汚泥や水質浄化における応用等も試みられている。
かつてはメタン生成細菌と呼ばれていたこともあったが、古細菌に分類されるに伴い、現在は使われない。 メタン生成菌は極めて広範な環境に生育するが、メタン生成によるエネルギー獲得の基質はそれほど多様ではない。一般的なメタン生成菌の生育基質は、二酸化炭素である。 しかし、この他にも多様な炭素源をメタンへと変換できるメタン生成菌も何種類か存在する。例えば、Methanosarcinacea綱のメタン生成菌は、一酸化炭素、酢酸、メタノール、メタンチオール、メチルアミンなどを用いることができ、油井から分離された Methanolobus siciliae などはジメチルスルフィドを資化できる。また、Methanogenium organophilumは、第一級アルコールであるエタノールや1-プロパノールを利用できる。かつては、Methanobacterium omelianskii がエタノールからメタンを生成できると考えられていたが、これは後に細菌であるS菌(エタノールを水素と二酸化炭素に分解する)との共生系であり、今では Methanobacterium bryantii と名前が変更されている。また、第二級アルコール(イソプロパノール、シクロペンタノール、2-ブタノールなど)を電子供与体として利用するものやメトキシ基芳香族化合物を利用するもの[1]もいる。詳細は「メタン生成経路」を参照 メタン生成菌がメタン生成基質として利用する水素と酢酸は自然環境における基質として非常に重要である。そのため、嫌気環境においては幾つかの細菌とメタン生成菌は競合関係にある。また、低級脂肪酸を分解して酢酸を生成する細菌と共生しているケースもあり、この点で古細菌といえども高度好塩菌や好熱性古細菌とは異なっている。 水素は嫌気性細菌の有機酸を電子供与体とした脱水素反応の産物である。またヒドロゲノソームを有する、カビや原生動物などからも水素は発生する。深海熱水孔などからも地球科学的に水素は発生しているが、そのような特殊環境を除けば嫌気的な環境からは水素が発生していると考えてよい。酢酸は、上に述べたように低級脂肪酸からの分解を含む発酵の最終段階の反応であり、発酵で得られるエネルギーとしては最も多い(グルコースから発酵が進んだ場合、pH 7 においてモルあたりΔG0' = −946 kJ/mol)。 水素と酢酸を利用する他の生物としては、二価鉄を電子受容体として生育する鉄細菌、硫酸イオンを電子受容体として生育する硫酸還元菌(硫酸塩呼吸
メタン生成の基質
基質の競合と共生
鉄細菌
水素を電子供与体とした時:ΔG0’ = −914 kJ/mol
酢酸の時:ΔG0’ = −809 kJ/mol
硫酸還元菌
水素の場合:ΔG0’ = −152 kJ/mol
酢酸の場合:ΔG0’ = −47 kJ/mol
メタン生成菌
水素の場合:ΔG0’ = −135 kJ/mol
酢酸の場合:ΔG0’ = −31 kJ/mol
したがって、効率は鉄細菌が特に優れており、電子受容体として鉄が存在する場合は鉄細菌が優占する。同様に硫酸イオンが存在する場合は硫酸還元菌が優占する。鉄も硫酸イオンも無い環境で、水素が豊富な環境で初めてメタン生成菌が増殖可能となる。ただし、細菌類、原虫とメタン生成菌が共生する場合はこの限りでない。
共生の場合は嫌気条件下における嫌気性細菌の有機酸分解の効率が低いことを考える。例えば低級脂肪酸を嫌気的に分解すると以下の反応式となる。 CH 3 CH 2 CH 2 COO − + 2 H 2 O ⟶ 2 HC 3 COO − + H + + 2 H 2 {\displaystyle {\ce {CH3CH2CH2COO^-\ + 2H2O -> 2HC3COO^-\ + H^+\ + 2H2}}}
この反応の標準自由エネルギー変化は ΔG0’ = +48.3 kJ/mol と吸エルゴン反応であり、酢酸や水素の濃度を下げない限りは起こりえない反応である。そこで、メタン生成菌の以下の反応により上記の反応を進行させる。 4 H 2 + HCO 3 − + H + ⟶ CH 4 + 3 H 2 O {\displaystyle {\ce {4H2\ + HCO3^-\ + H^+ -> CH4\ + 3H2O}}} (ΔG0’ = −135 kJ/mol)(水素資化) CH 3 COO − + H 2 O ⟶ CH 4 + HCO 3 − {\displaystyle {\ce {CH3COO^-\ + H2O -> CH4\ + HCO3^-}}} (ΔG0’ = −31 kJ/mol)