メクレンブルク=フォアポンメルン州
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連合軍軍政期の1945年から1947年まで存在したメクレンブルク=フォアポンメルン州については「メクレンブルク州」をご覧ください。
メクレンブルク=フォアポンメルン州
Land Mecklenburg-Vorpommern


州旗州の紋章
州歌なし

州都シュヴェリーン
面積23,173.46 km² (第6位
人口
 - 総計
 - 人口密度(2005/12/31)
1,707,266 人 (第14位
73.7 人/km²
ISO 3166-2:DE.mw-parser-output .monospaced{font-family:monospace,monospace} DE-MV
公式サイトメクレンブルク=フォアポンメルン州政府
政  治
州首相マヌエラ・シュヴェーズィヒ (SPD)
与党SPDCDU連立
前回選挙2021年9月26日
次回選挙2026年
連邦参議院(上院)
での投票権数3
地  方
市町村数
 * 独立市849
6

メクレンブルク=フォアポンメルン州(メクレンブルク=フォアポンメルンしゅう、標準ドイツ語: Mecklenburg-Vorpommern [?me?kl?nb?rk ?fo???p?m?n][1]低地ドイツ語: Mekelnborg-Vorpommern [?m??k?lb???c ?f???p?m???n])は、ドイツに16ある連邦州のひとつであり、1990年ドイツ再統一により加盟した「新連邦州」のひとつ。

バルト海に面し、ドイツで最も人口密度が低い州である。バルト海に浮かぶ島々の海岸や州南部に多数ある湖が、観光スポットである。州内には、2つの総合大学と多くの工科大学がある。州内の郡独立市シュヴェリーン(州都)、ロストックの2都市である。
地理

メクレンブルク=フォアポンメルン州は、東はポーランドと接し、北はバルト海、西はシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州およびニーダーザクセン州、南はブランデンブルク州とわずかにザクセン=アンハルト州に隣接している。

ドイツの16ある州のうち6番目に広い面積を持つが、人口は国内全体のうち13%にとどまり、人口密度が最も低い。州都はシュヴェリーンであるが、バルト海に面した港町であるロストックのほうがよく知られている。

バルト海沿岸には数多くの島があり、そのうち有名なものではリューゲン島、ヒッデンゼー島、ウーゼドム島ペール島などがある。
方言

メクレンブルク=フォアポンメルン方言(ドイツ語版、英語版)は、低地ドイツ語のうちの東低地ドイツ語(ドイツ語版、英語版)に属する
歴史シュヴェリーン城メクレンブルク=シュヴェリーンとメクレンブルク=シュトレリッツフォアポンメルン。色分け部分は1934年におけるドイツ・ライヒの州及びプロイセン州の郡の版図。赤色線は1メクレンブルクとプロイセンの歴史的国境。灰色線は2008年におけるドイツ連邦共和国の国境・州境・県境

州は歴史的には、西部・中部のメクレンブルク (Mecklenburg) と、東部のフォアポンメルン(「前ポンメルン」。Vorpommern)からなる。フォアポンメルンは、現ポーランド領にまたがるポンメルンの西部である。

メクレンブルクには、1348年にメクレンブルク公領が成立した。1701年、西のメクレンブルク=シュヴェリーン (Mecklenburg-Schwerin) と東のメクレンブルク=シュトレーリッツ (Mecklenburg-Stargard) とに分かれた。1815年、それぞれ大公国となった。1918年ドイツ革命により、両国は共和政へ移行し、1934年に合併してメクレンブルク州となった。

ポンメルンにはポモージェ公国が成立し、13世紀以降、神聖ローマ帝国内に入った。ポモージェ公国は1637年に公家が断絶した。1648年ヴェストファーレン条約により、ポンメルンは東西に分割された。東半分のヒンターポンメルン地方はブランデンブルク辺境伯プロイセン公が、西半分のフォアポンメルン地方は、スウェーデン王が、それぞれ公を兼位することとなった。ナポレオン戦争の後、フォアポンメルンはプロイセン王国に割譲され、すでにプロイセン領であったヒンターポンメルン(「後ポンメルン」。Hinterpommern)とあわせてシュテティーンを州都とするポンメルン州(ドイツ語版)となった。

1945年第二次世界大戦終結後、ポツダム宣言に基づく新国境オーデル・ナイセ線の策定によりオーデル川以東のヒンターポンメルンやシュテティーンポーランド領になった(ドイツ人追放)。ソ連軍占領下で、旧メクレンブルク州と旧ポンメルン州のドイツ残留部分が合同し、メクレンブルク=フォアポンメルン州(のちメクレンブルク州に改称)が創設された。東ドイツ(ドイツ民主共和国)が成立すると、メクレンブルク=フォアポンメルンはその1州部となった。1952年、東ドイツは中央集権化のため州制度を廃止し、(旧)メクレンブルク=フォアポンメルン州はおおむね、ロストック県シュヴェリーン県ノイブランデンブルク県の3つの県に分割された。1990年に東西ドイツが統一されると、これら3県は再び取りまとめられ1州となり、メクレンブルク=フォアポンメルン州としてドイツ連邦共和国連邦州となった。
政治
州議会州議会の議場があるシュヴェリーン城

州議会 (Landtag) の定数は71で、2016年9月4日に行われた州議会選挙での政党別議席配分と得票率は以下の通りである[2]

ドイツ社会民主党 (SPD) 26(30.6%)

ドイツのための選択肢 (AfD) 18(20.8%)

ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) 16(19.0%)

左翼党 (Linke) 11(13.2%)

前回の2011年9月4日の州議会選挙で議席を得ていた同盟90/緑の党(Grune)は4.8%、ドイツ国家民主党 (NPD)は3.0%に終わり、阻止条項の規定により、州議会の議席を得ることが出来なかった。2011年州議会選挙で議席を失った自由民主党 (FDP)は今回も3.0%と低迷し、議席を回復することに失敗した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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