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ムハンマド6世
???? ??????
モロッコ国王
2016年撮影
在位1999年7月23日 ? 在位中
戴冠式1999年7月30日
別号アミール・アル=ムウミニーン
全名???? ???? ?? ????? ??????
サイディ・ムハンマド・ビン・ハッサン・アル・アラウィー
出生 (1963-08-21) 1963年8月21日(60歳)
モロッコ、ラバト
配偶者ラーラ・サルマ
子女ムーレイ・ハサン
ラーラ・ハディージャ
家名アラウィー家
王朝アラウィー朝
王室歌国王万歳
父親ハサン2世
母親ラーラ・ラティファ・ハンム
宗教イスラム教スンナ派
テンプレートを表示
称号:国王
敬称陛下
.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ウィキメディア・コモンズには、ムハンマド6世
ムハンマド6世(ムハンマド6せい、アラビア語: ???? ??????, ラテン文字転写: Mohammed VI、1963年8月21日 - )は、モロッコの現国王(在位:1999年7月23日 - 現在)。モハメド6世とも表記される。
2002年から発行されている全てのモロッコ・ディルハム紙幣に肖像が使用されている。 1963年8月21日、ハサン2世とラーラ・ラティファ・ハンムの長男として生まれる。祖父のムハンマド5世にちなんで命名された。 1981年、高校卒業後、ムハンマド5世大学
経歴
1999年7月30日、父王の崩御により国王に即位した。
2002年3月21日、ラーラ・サルマ王妃と結婚。王妃はモロッコ史上初めて公に紹介され、尊称を持って呼ばれている。また王家初の一般女性との結婚となり、ムハンマド6世は一夫一妻制を維持している。
2003年5月8日、長男ムーレイ・ハサン王太子が、2007年2月28日には長女ラーラ・ハディージャ王女が誕生した。
日本食贔屓として知られ、専属の日本人シェフを王宮に招聘している。また、島根県仁多郡奥出雲町特産の仁多米を気に入り、駐アメリカ合衆国モロッコ領事館を通じて購入しているという[1]。 ムハンマド6世は以下の3回訪日している[2]。
訪日歴
1987年 : 公賓として
1989年 : 昭和天皇の大喪の礼への参列のため。
2005年 : 国賓として(外務・協力相他閣僚同行)
脚注^ “町特産「仁多米」縁に モロッコと食の交流へ 島根・奥出雲町 - MSN産経ニュース
^ “モロッコ基礎データ”. 外務省 (2020年3月16日). 2023年6月3日閲覧。
表
話
編
歴
現在の君主
アフリカ
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ムハンマド6世
ムスワティ3世
アジア
ハマド
ジグミ・ケサル
ハサナル・ボルキア
ノロドム・シハモニ
徳仁
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ミシュアル
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ハイサム
タミーム
サルマーン
ラーマ10世
ムハンマド
ヨーロッパ
マクロン & ジュアン・エンリク
フィリップ
フレゼリク10世