『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(ロシア語: Ле?ди Ма?кбет Мце?нского уе?зда,英語: Lady Macbeth of the Mtsensk District)作品29は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチが1930年から1932年にかけて作曲した全4幕9場から構成されるオペラ。原作はニコライ・レスコフの同名の小説(1864年執筆)を基に、作曲者がオペラ化したもの(台本はアレクサンドル・プレイス(ロシア語版)と共同で作成)。
1作目の『鼻』に続いて作曲された2作目のオペラで、作曲者が20代半ばに作られた力作である。しかし後述する「プラウダ批判」により上演が禁止されたため、1962年に本作を『カテリーナ・イズマイロヴァ』(作品114)として改訂している。ボローニャ市立劇場での上演。December 2014, Svetlana Sozdateleva as Katerina L'vovna Izmailova, Director Dmitry Bertman, Helikon Opera Moscow 1930年1月に最初のオペラ『鼻』が初演された後、当時24歳のショスタコーヴィチは次なるオペラの題材を求めていたが、友人のボリス・アサフィエフからニコライ・レスコフの中篇小説『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を読むことを勧められたことが作曲に至る直接の契機であった[1]。ただし、作曲者は1920年代頃からすでにレスコフの原作を知っていたようである[2]。台本は前作『鼻』で協力したアレクサンドル・プレイスに再び協力を求め、共同で台本を作成した。 作曲は1930年の秋に開始され、全曲が完成したのは1932年(当時26歳)のことである。経過は以下の通りである。
概要
作曲の経緯
第1幕:1930年10月4日着手?1931年11月5日完成(チフリスにて)[3]ピアノ譜は10月30日に、第2場は1931年10月7日にそれぞれ完成されている。
第2幕:1931年11月19日着手(レニングラードにて)?1932年5月8日完成(モスクワにて)[3]
第3幕:1932年4月5日着手(レニングラードにて)?1932年8月15日完成(ガスプラ
第4幕:1932年10月末着手?12月17日完成[3]作曲者は3か月ないしは4か月で完成すると想定していたが、当初の予定を大幅に繰り上げて完成させた。
初演初演されたマールイ(現ミハイロスキー)劇場
第4幕の完成後、1933年に初演のための準備が1年をかけて行われ、1934年1月22日、レニングラードのマールイ劇場(現ミハイロフスキー劇場)にて、サムイル・サモスードの指揮で行われた。初演は成功を収め、レニングラードとモスクワの劇場では2年間で83回の上演を記録し、アメリカやアルゼンチン、西欧諸国(イギリス、スイス、チェコスロヴァキア、スウェーデン)の各都市でも上演されている[5]。